2016年1月22日金曜日

ベヒシュタイン連結アクションのタッチウエイトマネジメント(後半)

ハンマーストライクウエイトを測定した後、スマートチャートを使って仕上がりの傾向線を割り出します(下の表)。仕上がり予定値をエクセルに入力し個々のハンマーの削り量を決めます。大きく削るものはできることをすべてやりますが、少ししか削らないものは必要最低限の範囲で加工します。低音と高音はオリジナルでかなり重いので、一部の重いハンマーで試し削りをした上で達成できそうなラインを鉛筆線で描きます。同時に表計算ファイルにも入力し、個々の目標値との差、つまり削らねばならない量を求めておきます。

スマートチャートで傾向線を求める。(黒点:オリジナルHSW、黒線:予想傾向線)

最大限削らなければならないと分類されたハンマーは、まずテール内側のアーク部をバンドソーで粗取りし棒やすりで仕上げます(約0.1g減量)。

ハンマーのテールはバンドソーで切り落とし(低音5mm中高音4mm)、サンダーでスパーロックのジグを使ってテール加工しました。削り量は計算表を見ながら極小・小・中・大の段階で加減します。

次にテーパー加工です。オリジナルをチェックした際には隣同士のハンマーは接触していなかったのですが、安全のために中音下の軽めの部分も最低限テーパをつけます。大きく取らなければならないハンマーはシャンク部周辺に最低限必要な材料が残る程度まで削り込みます。下図赤点が調整後です。中低音の境目に段差がありますが、軽くしたいとの依頼なのでハンマー鉛詰めはせず軽めをキープ、低音と高音は削り量の限界もありこれで良しとしました。


仕上がったハンマーをアクションに戻し、サンプル鍵に鍵盤とウイペンを戻し入れてバランスパンチングクロスを半カットしたものと置き換えてウエイトを計量します。表計算ファイルですでに予測計算済みの数値が出るかどうか確かめるのです。



予測ではストライクレシオが0.4下がると仮定してフロントウエイトとバランスウエイトの数値を想定していました。ハンマー加工後の実測ではレシオが0.6程度下がったのが確認されました。この数値ですとバランスウエイトを37g程度でフロントウエイトはシーリング値マイナス9gを達成することができます。

鍵盤鉛を鍵盤上に置いてみて37gに実際調整すると鉛がどの辺りにどのくらい必要になるか試してみました。低音では鍵盤手前中央付近とやや手前寄りに大きめのものが一個づつ、中音は中央に1個、次高音は小さめのものが一個くらいでした。実際に弾いてみるとその感触を確かめることができます。軽くして欲しいとの要望でしたが、それを十分達成できる予測ができました。

サンプルで良好な結果が出たのでパンチングクロスを全部半カット仕様にします。オリジナルのクロスは念のため取っておいて、新しいパンチングクロスにて作業しました。



今回はいつもの計量鍵盤鉛調整ではなく、計測鍵盤鉛調整に挑戦しました。この方法はアクションを戻す前に鍵盤鉛調整ができるという利点があります。ベヒシュタイン独特のウイペンと鍵盤がクリップ式に結合されているタイプのアクションなので、それを外したり嵌めたりするのをできるだけ省きたい、との思いもありました。

組み上げて整調をある程度で仕上げると試奏が可能です。大変軽やかなタッチに蘇りました。本体がないので音は聞けませんが、まずは十分満足してもらえるタッチになったと思います。 

2016年1月16日土曜日

ベヒシュタイン・連結アクションのタッチウエイトマネジメント(前半)

ニュージーランド南島から修理のためにアクションがはるばる送られてきました。


このアクションはベヒシュタインで、鍵盤とウイペンがキャプスタンとヒールではなく連結棒によってつながれています。今回の仕事は部品交換なしでタッチウエイトを軽くする仕事です。少し前に別な技術者によりハンマーとシャンクが交換されているのですが、それ以来タッチが重くなってしまって弾きづらくなったので何とかして欲しいとの依頼です。典型的なタッチウエイトマネジメントの仕事といえましょう。

ハンマーはテーパー加工もテール加工もされておらず、いかにも重そうです。シャンクローラー距離は17mmでこれは問題ではなさそうです。鍵盤鉛は手前に1個入っているだけでオリジナルのままと考えられます。アクション各部のフリクションはウイペンセンター以外問題ありませんでした。

オリジナルの状態での計測では低音のサンプル音でダウンウエイト86g、バランスウエイトも66gを超えていました。中高音では重めには違いありませんでしたが、低音ほどではありません。ハンマーストライクウエイトは下図のような分布で指標5から9の範囲でばらついており、ストライクレシオは6.0ちょいでした。


ストライクレシオを0.4程度下げてハンマーストライクウエイトを低め(指標5~6)に揃えると、バランスウエイトを標準の38g程度で鍵盤フロントウエイトをシーリング値マイナス10g程度に下げることができるという予測が得られました。慣性モーメントはハンマーストライクウエイトを低めに揃えることとギアレシオを下げることで十分下がって揃うので、鍵盤鉛位置はさほどバランスピン寄りでなくとも良好な動きを得られるでしょう。

このアクションのもう一つの問題点は、ハンマー植え込み角度でした。ベヒシュタインの開き目の角度ではなく90度になっています。その影響を気にせずに90度穴あけ済みの交換部品を使ったのでしょう。しかもハンマーが長すぎて、バックチェックに咥えられる際にかなり深めに入ってしまいます。今回ハンマー交換は視野に入っていませんので、ストライクウエイトを軽くするためもありテールを少々切ってしまうことにしました。バックチェック高さを下げるにも限界がありますので、ハンマーを短くした上で必要な微調整は後でやることにします。同様にハンマーテールも平行に削られていませんでしたので、どちらにしてもテールも加工しなければなりませんので。


今回ピアノ本体がなくハンマーは全部外したいので、アクションと整調用鳥居の位置関係を記録した上で弦跡を写し取りました。アクション返却後に大ボスが仕上げに行くので少しでも良好な状態にしておく必要があるからです。こうしておけば写真のようにハンマー合わせ位置がずれているハンマーでも粗調整時にある程度きちっと合わせることができます。