2014年8月6日水曜日

10月の研修会のご案内(オーストラリア・ブリスベーンにて):終了しました

Workshop finished successfully. Many thanks for Queensland Guild and participants! Yuji

ウォークショップは好評のうちに終了いたしました。招待を頂いたクイーンズランド支部のみなさんと参加者の皆さんに御礼申し上げます。中村祐司



Hello fellow Tuner/Technicians,

The Piano Tuner and Technician's Guild of Queensland will be holding an all day workshop on the 18th October 2014, at the Qld Conservatorium, Southbank Brisbane.

The workshop will be run by Yuji Nakamura, a resident of Auckland, formally
from Japan, with a presentation as well from Brian Wilson of the PTTG Qld.

The workshop is Free for Qld members and at a cost of $60 for
members from other states. The cost is $90 for non-members.

The workshop does not include lunch but the venue is in the heart of Southbank which has many eateries to suit every different taste and cost.

The Guild will host its annual dinner on Saturday night and you and your partner are more than welcome to attend. The venue will most likely be at South Brisbane near the
Qld Conservatorium. When the venue is confirmed we will advise this as well as
approximate cost of meals.

What is this workshop all about? A brief description from Yuji and Brian of what to expect is written below.

Class description for Brisbane workshop Oct 2014

by Yuji Nakamura, ARPT NZ

Title: Understanding of touch weight control

Controlling touch weight of upright pianos has rarely appeared in American Technician's Journals, manufacturer's service manuals or other technical sources, even though the majority of technicians deal with upright pianos every day.

I have been researching this topic using general techniques, as well as Stanwood's idea and my own idea of Moment of Inertia. Comprehensive pictures of touch weight control on upright actions will be presented in first the half of the session.

The second half of workshop will be focusing on grand actions. An action will be used to analyse touch weight problems and the class will find the solutions to fix the problem.

Class description for Brian Wilson workshop

Title: Voicing 202

The theory, differences and application of the New York and Hamburg Steinway voicing practices. The WHY and HOW.

Discussion of hammer making, tools, hammer hardeners and techniques. How to apply both techniques to solve voicing problems in the real world.

Could you please indicate your intention to attend this workshop before October 10th.

RSVP's and enquiries can be sent to Michael Ryan (President) at m.ryan@bigpond.net.au

or 0409279251, or Alan Burge (Secretary) at alanburge@ozemail.com.au

来る10月18日にオーストラリア・クイーンズランド州ブリスベーン市において一日研修会が行われます。私の担当は3コマ、約6時間で、このブログで取り上げてきたアップライトアクションでのタッチの重さ調整基礎編を2コマ4時間、別ブログで掲載しているグランドアクションのタッチの重さ調整応用編を1コマ2時間で担当します。投稿した論文はポイントを絞って書いているのであまり長くはありませんが、この研修ではそこに書き切れなかったことや初めて聞く人でもわかるようにスタンウッドの説明や慣性モーメントの説明なども入れていくのでかなり広い内容をお話しすることができます。
この日はもう一人地元のスタインウェイの技術者が1コマ2時間の整音に関する講義を行います。
なお、私ももう一人の人も講義はすべて英語です。ご了承ください。

参加ご希望の方はクイーンズランド州調律師協会の会長マイケル・ライアン(Michael Ryan)m.ryan@bigpond.net.au までお申し込みください。締め切りは10月10日です。質問等ある方は当投稿のコメント欄に記載いただくか、私あてにメールをいただければお答えいたします。yuji3804@gmail.com までどうぞ。

2014年6月25日水曜日

終わりに&参考文献

7、終わりに
いかがでしたでしょうか。スタンウッドの静的なアクションのバランス分析と私の動的な慣性モーメント分析を融合したこのやり方によって、多くの技術者がその仕事の中で生かせていけるものと考えています。この文章には載せていませんが、アップライトピアノにも広く応用できる内容を含んでいます。
スタンウッドによるアクションの分析とタッチ改良法はわれわれのピアノ技術者のアクションの理解非常に大きく広げることに貢献しました。私の提示したやり方がそれを一層広げていくことを期待しています。特に慣性モーメントに関する技術はスタンウッドのやり方と融合させますとより大きくアクションの改善に役立ちます。
私のやり方は難しい数学や物理学の知識を必要としません。ある程度の基礎知識はさすがに必要ですが、やり方を学ぶことは難しいことではありません。この論文で紹介した計算表は必要な方には無料で差し上げています。興味のある方は yuji3804@gmail.comまでご連絡ください。

参考文献一覧

 Emerson, G. (April 2013). Inertia in the Grand Action: Optimal Placement of the Front Key Weight. Piano Technicians Journal, 26 - 28.
Garee, A., & Marinelli, B. (n.d.). Action Touch Design. Australasian Piano Tuners and technicians Convention 2011 Wellington, New Zealand.
Garee, A., & Marinelli, R. (n.d.). Downweight and Upweight Measurement. Australasia Piano Tuners and Technicians Convention 2011 Wellington, New Zealand.
Hohf, B. (n.d.). Keyweights and Touch. Australasian Piano Tuners and Technicians Convention 2011 Wellington, New Zealand.
Kawakita, K., & Fuji, T. (June 2006). Design and calculation of moment of inertia for mechnical engineers. Tokyo: Nikkan Kogyo Shinbumsya.
Rhodes, J., & Fandrich, D. (July 2013). [Re] Creating a Touch to Die For Part 2: Inertia - The Invisible Load. Piano Technicians Journal, 20 - 22.
Rhodes, J., & Fandrich, D. (September 2013). [Re] Creating a Touch to Die For Part 4: The WeightBenchTM and ITF-Dip Calculator©. Piano Technicians Journal, 13 - 17.
Spurlock, B. (2006). Grand Action Touchweight, Instructional Pamphlets. Retrieved from Spurlock Specialty Tools: http://www.spurlocktools.com/instructional_pamphlets.htm
Stanwood, D. C. (1990, November). Factoring Friction with the Balance Weight System. Piano Technicians Journal.
Stanwood, D. C. (1996). Patent No. 5,585,582. United States of America.
Stanwood, D. C. (1996, June). The New Touch Weight Metrology . Piano Technicians Journal.
Stanwood, D. C. (2000, April). Component Touch Weight Balancing. Piano Technicians Journal.
Stanwood, D. C. (2000, February). Standard Protocols of the New Touchweight Metrology. Piano Technicians Journal.
Stanwood, D. C. (2000, March). Through the Eyes of the New Touchweight Metrology. Piano Technicians Journal.

Stanwood, D. C. (2006). The Touch Designers Tool Kit. West Tisbury, MA, USA: Stanwood Piano Innovations Inc.

2014年6月24日火曜日

フロントウエイト計算表、慣性モーメント計算表を使い鍵盤鉛の位置を決める

6、中村フロントウエイト計算表、慣性モーメント計算表を使い慣性モーメントの値を見ながら鍵盤鉛の位置を決める。
図版11の中村フロントウエイト計算表を見てください。先ほども書いた通り1列目には測定したフロントウエイト28.9gが、2列目(A列)には計算されたフロントウエイト値26.7gが表示されていました。これらのギャップ2.2gをこれから利用します。
(図版11)中村フロントウエイト計算表(再掲) 

この図版のB列とC列には図版13に示した慣性モーメント計算表のB列とC列からそれぞれ計算されたフロントウエイトが表示されています。これらは表からもわかる通り異なる鉛入れのパターンを持っています。なお、D列には鉛が入らない状態の鍵盤を表示しています。鉛がない状態でもすでにある程度の慣性モーメントを持っていることがわかります。
(図版13)中村慣性モーメント(鍵盤)計算表 
まずB列は最小の慣性モーメントを狙った鉛入れの配置です。大きい鉛をバランスピンに近めに3つ入れています。この配置でフロントウエイト22.7gが達成されています。前章で求めた目標フロントウエイトは24.9gでした。フロントウエイトの実測値と計算値では2.2gの差がありましたので、この目標値24.9gを達成するために必要な計算値はそれより2.2g少ない22.7gになるはずです。つまりこの鉛の配置で計算されたフロントウエイトは計測するとおそらく24.9gになると思われます。鍵盤の慣性モーメント値はオリジナルの50,400gcm2に対して、41,200gcm2と18%の削減をしています。
C列は実際に作業する際に現実的な鉛入れの配置です。一番外側にあった鉛を抜き、2番目と3番目のなまりはそのままに、内側に大きめの鉛を入れてフロントウエイト22.7gを達成しています。慣性モーメント値は44,700gcm2と、オリジナルより11%の削減が見込めるわけで、少ない作業量で一定の効果を上げているのがわかります。B列のやり方ですと既存の鉛は全部抜いて埋め木をした後で、新たに鉛詰めしなければなりませんので時間と材料のコストがかかります。
このように、私のやり方でアクションを調べることによって、実際に何かをする前にだいたいの目標と対応策をシュミレーションできるので、かなりの時間の節約になり方向性の確実さが無駄な労力を削減できます。
蛇足になりますが、これと同じ考え方を使うとアップライトのタッチ改善にも役立たせることができます。たとえば、タッチを重くして欲しいと頼まれた場合、鍵盤のバランスピンから前後等距離に同じ鉛を入れることによって、タッチウエイトを変えずに慣性モーメントだけを大きくしてその要望を満足させることができます。図版14では大きな鉛を前後に入れています。これによって93%慣性モーメントを大きくできています。もちろん、鉛の大きさとバランスピンからの距離を変えることによって自在にその重さの調整をできるのです。このアイデア自体はメーカーでもやっている所がありますが、私の考え方を使いますと、慣性モーメントを何%重くする、とかセクションごとにそのパーセントを調整するとかいう微調整が簡単な計算で可能になるのです。

(図版14) 慣性モーメントを増やすために鉛を両側に入れた鍵盤()とオリジナルの鍵盤
(図版15) 増やしたい慣性モーメント値を位置と重さを変えることによって精密に設定できる。
最後になりますが、図版13の中に「トルク中心位置」と「重力中心位置」という行を見つけた方も多いと思います。これはフランク・エマーソン氏が発表した論文(ピアノ技術者ジャーナル2013年4月号)で提示した数値で、鍵盤鉛の重心位置を鍵盤の長さと比べた比です。弾き手が鍵盤に与える加速度と重力の関係から、この重心が0.429のときにもっとも効果が得られるという結果を導いています。これはまだ提案されたばかりで、検証が必要ですが、私の慣性モーメント計算表ではそれが計算できるので、目安として入れてあります。これから経験値を上げていく段階で見えてくるものがあると期待しています。

2014年6月23日月曜日

スタンウッドの公式計算表を利用してバランスウエイトを決める

6、スタンウッドの公式計算表を利用してタッチを調べ、バランスウエイトを決める。
私の開発したフロントウエイト計算表と慣性モーメント計算表、そしてスタンウッドの公式計算表を利用してタッチを調べ、その状況に応じた可能な作業を想定してコンピュータ内でセッティングしてみることが可能です。それによってどのような効果が上げられるかを事前に知ることができるわけです。これらの計算表を使うことによってスタンウッドによるタッチのの指標であるバランスウエイトと動的なタッチの指標である慣性モーメント値をチェックできるので、より広い視野でタッチをセットアップすることが可能です。
具体的に説明するため例をあげてみます。あるホールのコンサートピアノのタッチを変更した作業で、単純にするために真ん中のC音のみのデータで説明しています。事前のタッチウエイトはダウンウエイトアップウエイト共にスタインウェイの基準値に適合していたものの、もうちょっと軽くして欲しい、もうちょっと動きを軽快にして欲しい、との要望で目標を「バランスウエイトと慣性モーメントをバランスを取って低くする」と設定しました。

まず、スタンウッドの公式計算表を使って何ができるか、どのくらいの効果があるのかを検討します。図版12を見てください。


(図版12) スタンウッドの公式計算表 (スタンウッド、 2000)
この表を使うとハンマーストライクウエイト、ストライクレシオ、そしてバランスウエイトを変更したときの効果がわかります。(スタンウッドの公式やスタンウッド方式の説明は当ブログの以前の投稿で説明していますので、そちらをご覧ください。)
a列には作業前のデータが入力してあります。ダウンウエイトが51g、アップウエイトが29g、バランスウエイトが40g、フリクションは11g、フロントウエイト28.9gなどとなっています。このデータを見ると決して悪い数値ではないのですが、要望ではもう少し軽く、動きやすくでしたので何かできるところを探します。
タッチウエイトの指標であるバランスウエイトが40gです。これは標準的な重さと言ってよいのですが、要望を踏まえて38g程度に下げることを目標にします。
重さや動きやすさはフリクションによって左右されることが多いのですが、11gのフリクション値はほど良い抵抗のある満足できる値ですので、これをどうにかすることはできません。これを小さくしてしまうとスカスカのタッチになってしまう危険性があります。
フロントウエイトは28.9gで、スタンウッドの示すシーリング値30gよりは小さいものの、これを小さくできれば動きがもっと軽くなるはずです。
ハンマーストライクウエイトは10.9g、スタンウッドによる分類ではやや重めの指標10になっています。これをやや小さくすることでタッチを軽くでき、バランスも良くなりそうです。
アクションストライクレシオは5.5、普通です。小さくすることは可能な範囲だと思います。
では、順番に見ていきましょう。まず、ハンマーの重さを0.4g減らしてみたらどうなるかやってみましょう。図版12のb列を見てください。入力した後はストライクレシオの数値が変わってしまいますが、本来ハンマーの重さが変わっただけではストライクレシオは変わりません。何が変わるかと言うとバランスウエイト(ダウンウエイトとアップウエイトの組み合わせで)が低くなるのです。ですので、ストライクレシオが先ほどと同じになるようにダウンウエイトとアップウエイトの値を変えていきます。この時フリクションレベルも変わらないはずですので、それも注意します。アクションレシオが5.5のときにHSWを0.4g少なくするのですから5.5.x 4で、約2gバランスウエイトが低くなるはずです。(計算表上で変更するのはダウンウエイトとアップウエイトを2gずつ。)
次にスタンウッドシステムでは良く行われる作業で、アクションストライクレシオを0.4下げてみます(図版12c列)。これはバランスパンチングクロスを半分にカットしてバランスピンの後ろに置くか鍵盤側に貼り付けるという技です。これによってバランスウエイトを下げることが可能です。今回はダウンウエイトとアップウエイトを変えて、ストライクレシオが約0.4減るようにします。レシオが0.4減るときHSWが10gであれば0.4 x 10で4gダウンウエイトとアップウエイトを減らせるはずです。
b列とc列の作業でバランスウエイトが34gまで下がりました。目標値は38gでしたので、今度はこのバランスウエイトを38gに引き上げます。ここでは鍵盤鉛調整を行います。フロントに入っている鍵盤鉛を減らすことでバランスウエイトは重くなります。
鍵盤鉛調整をするということはスタンウッドの公式の左辺の要素を変えるということです。右辺にあるウイペンやハンマーはタッチせず、鍵盤だけをいじります。鉛調整で何をしているかというと、フロントに鉛を入れるとフロントウエイトが増え、その量だけバランスウエイトが減ります。左辺のトータルは変わりません。鉛を抜くとフロントウエイトが減り、その量だけバランスウエイトが増えます。
タッチを軽くするために鉛を入れる、という広く行われているタッチ調整方法はバランスウエイトを減らすことで「タッチが軽くなった」としているわけですが、フロントウエイトが増え、慣性モーメントが増えている、という観点を見逃しています。技術者から見てタッチが軽くなったと信じていても、弾く側は動きづらくなった(=重くなった)と感じてもおかしくありません。そのためにも、タッチの重さを決める2つの要素バランスウエイトと慣性モーメントの両方を見ていくことが大事になるわけです。
さて、先ほどの例に戻ると、図版12dでは鉛調整をしてバランスウエイトを4g増やし、その代わりフロントウエイトを4g減らすことができました。フロントウエイトは24.9gになり、スタンウッドによるシーリング値を大きく下回ることに成功しました。バランスウエイトは2g減り、目標を達成できそうです。鍵盤を軽くすることができるわけですから慣性モーメントも少なくなっているはずです。しかし、これだけではどの位減らせることができるのか見えてきませんので、次に私の慣性モーメント計算表を使って調べていきます。

2014年6月22日日曜日

中村フロントウエイト計算表と慣性モーメント計算表

5、中村フロントウエイト計算表と慣性モーメント計算表
私のやり方には2つメリットがあります。一つ目は一般的な技術者でも使える技術であるということです。実験をしないと測定できないというのではなく、こつこつと重さを量り長さを測ることによって求めることができます。特別な機器や高度な知識を必要とせず、多少の初等数学の知識と表計算ソフトの使い方を知っていれば使いこなしてその恩恵を受けることができます。
もう一つはスタンウッドの公式と合わせて使うことによってアクションの改善点をあぶり出せるので、改良した際に得られるであろう結果を作業をする前に確認できるということです。これから紹介していく計算表に測定したデータを入力した上で、求めるタッチに向けて自分で数値を変えながらシミュレーションすれば良いのです。コンピュータ内で求めるタッチを作業前に具体的に計画することができるわけです。しかもその結果ではスタンウッドの示した静的なアクションバランスから見たタッチウエイトと、動きにくさの指標である慣性モーメントの値の変化を同時に見ることができます。作業前にどのように変化するのを知っていれば作業にがスムーズに運び失敗を犯すことが少なくなります。これは作業効率上非常に重要なことです。それでは、具体的にどのようにやるのか見ていきましょう。

(図版9) 鍵盤鉛の位置の違いでフロントウエイトと慣性モーメント値がどのように変化するのか
まず、鍵盤鉛の位置によってフロントウエイトと慣性モーメント値は変化します。図版9を見てください。3つの違うパターンで鍵盤鉛を入れた鍵盤モデルが書かれています。シンプルにするため鍵盤自体には重さがないと仮定します。右端の三角マークが支点になっていて、鍵盤右側は省いてあります。この例3つともフロントウエイトは同じ16gですが、慣性モーメントの値はそれぞれ違っています。
フロントウエイトは鉛の重さに(支点と鉛の距離÷支点とウエイト測定点)の値を掛けて出すことができます。たとえば例1では比較的鍵盤の端に近い20cmのところに一つ鉛が乗っていて、その重さ20gはウエイト測定点では20x(20÷25)=16gに感じるというわけです。この場合の慣性モーメントは20 x (20) 28,000 gcm2となります。
例2では、比較的中央に近いところに大小1つずつの鉛が乗っています。ていねいに計算すればわかる通りフロントウエイトが16gで例1と同じ値ですが、慣性モーメントは5,700 gcm2となり、例1よりも29%少なくなっています。
例3は中心に近いところに大きな鉛3つが乗っています。これも計算すればわかる通りフロントウエイトが16g、慣性モーメントは2,920 gcm2で、例に比べて64%も減らすことができました。
タッチはこの3つの例でそれそれ異なります。ゆっくり、あるいは小さく弾いた時は同じような重さを感じるものの、普通にか強めに弾いた時には例1は動きが重く感じ、それに比べ例3は軽く感じるのです。もちろん、これらのどれが一番良いのかはここではわかりません。例1が丁度良いと感じるかもしれませんし、例3が良いと思うかもしれません。ここでは、鉛の位置あるいは慣性モーメントの大きさによって違うタッチになるのだ、ということをご理解いただければ結構です。
実際の鍵盤では鉛だけでなく鍵盤部の重さも考慮に入れなければなりません。特に注意して欲しいのは、鍵盤の後ろの重さはフロントウエイトを軽くし、慣性モーメントは大きくする、という事実です。図版10で示したように鍵盤はバランスピン部を支点としてシーソー運動します。フロントウエイトを考える場合鍵盤後ろの重さは下向きにかかるので、鍵盤前部では上に持ち上げる力として働きます。フロントウエイトは鍵盤前側が下に下がろうとする力ですから、それを軽減するような効果を持つわけです。
一方慣性モーメントはバランス位置を回転中心として鍵盤全体が回転する際に生じる動的抵抗ですから、鍵盤手前も後ろも一つの回転体として扱うこととなり、鍵盤後ろの慣性モーメントも全体の一部と考え加算することになるわけです。

図版10) 単純化した鍵盤のモデルで鍵盤後ろの重さがどのようにフロントに働くかを示す。
私の開発した慣性モーメント計算表は、ここの部分の重さと距離を入力していますが、それらのデータを利用して慣性モーメントも求められますし、同時にフロントウエイトを求めることが可能です。
図版11に中村フロントウエイト計算表を掲げました。スタンウッド方式によって実際に測定した値が1列目に、中村慣性モーメント計算表を利用して計算した値が2列目に表示されています。数グラムの差がありますが、これは問題ではなく、後で説明するとおりこれを勘案してタッチのセッティングに算入していきます。


(図版11) 中村フロントウエイト計算表


次の投稿記事ではスタンウッド方程式の計算表を使ってタッチの重さをシュミレーションします。

2014年6月21日土曜日

どのように慣性モーメントを調整できるのか、その可能性と限界

4、どのように慣性モーメントを調整できるのか、その可能性と限界
前項で得られた値により、鍵盤手前で感じる慣性モーメント値はハンマーによるものが一番大きく、次に鍵盤が続き、ウイペンはその中では一番小さい影響しか与えないということがわかりました。
しかし、現実を考えてみるとハンマーはかなり小さく、その質量を調整できる幅はかなり少ないことに気づきます。ハンマーウッド部を減量するためにテールや側面を削るにしても限界がありますし、重さを加えるために専用鉛を入れるにしても入れるためのスペースはかなり限られています。調整範囲としてはそれぞれ最大で1g程度が限界です。
もちろん、ハンマー(HSW)1gの調整は慣性モーメントに換算するとかなりの量になります。たとえばハンマーの重さ1g減らすと仮定すると、鍵盤手前において18,632 gcm2 (1g x 132 x 10.52)慣性モーメントを減らすことになります。HSWを10g(一般的なピアノで中音部のハンマー)であれば1gの軽量化は10%の慣性モーメント減量に結びつくわけです。ちなみに、もうひとつのタッチを決める要素であるバランスウエイトもアクションストライクレシオを5.5とした場合、ハンマー1gの減量は5.5gの軽量化につながります。(バランスウエイトやアクションストライクウエイトはスタンウッドシステムで使用する概念です。それらに関してはこの文章では説明いたしません。)
この数値はタッチを軽くするには十分なものです。単純に言えば、ハンマーを1g軽くすればタッチが重いという問題は解決することができます。ただ、ハンマーの軽量化に関しては別の角度からも考察が必要です。一つは音色の問題で、もう一つはピアノ全体の中での一つ一つのハンマーの重さをどうするか、という問題です。
ハンマーの重さと音色は密接な関係があります。中低音は弦が重いのである程度のハンマーの重さがないと良い音色が得られません。たとえば、中音に次高音のハンマーを装着したと想像してみるとどうでしょう。十分な音量とふくよかな音色が得られるとはとても思えません。なぜなら、ハンマーが軽すぎるからです。しかしハンマーが重過ぎると、タッチが重くなりすぎ連打も効かなくなります。鍵盤鉛を入れてダウンウエイトやバランスウエイトを軽くしても慣性モーメントが増えて解決にはなりません。
もうひとつ、HSWをピアノ全体に測定して見ると、それぞれの音によりかなり重さのばらつきがあることに気が付きます。たとえば、低音と中音の境目では1g近く異なることもあります。スタンウッドの研究で述べられているようにHSWを滑らかに調整することによってタッチも音色も揃う、という考え方に立ちますと、タッチが重いからと一律にハンマーを減量してしまうことはあまり効果的ではありません。滑らかに調整するほうが全体の仕上がりは良いのです。その代わり重めのハンマーは多めに削り、軽めのハンマーは少なめに削る必要が出てきます。実際にその作業をしますと、0.2gから0.7gの調整幅が妥当な線であることがわかります。これらは鍵盤での慣性モーメントの調整値で見ると3,700 から11,200 gcm2になります。
逆に鍵盤は固有の慣性モーメントは大きいものの、他の部品を通じて伝わるわけではないので相対的に鍵盤手前での慣性モーメント値への影響は少なくなっています。しかし鍵盤はアクション部品の中ではかなりその体積が大きく、比較的簡単に重さの調整ができるメリットがあります。たとえば後に出てくる例(図版12)での計算を見ていただければわかる通り、いろいろな作業したあとに9,200 gcm2の削減が可能です。この数値は慣性モーメントの調整としてはハンマーの調整0.5gに匹敵する有益なものと言ってよいでしょう。
ウイペンの重さの調整はバランスウエイトや慣性モーメント双方にとって効果的な数値は得られませんので、ここでの議論には含まれません。
図版8にスタインウェイDの真ん中のC音のタッチ改良を例示しました。この例ではHSWは0.4g減量し、バランスパンチングの加工によってアクションストライクレシオを0.4減らし、そしてバランスウエイトを40gから38gに減らし、慣性モーメントを減らす方向での鍵盤鉛調整を施した場合の予想を紹介しています。鍵盤手前での慣性モーメント値は8%減らすことができると出ています。そのうち72%はハンマーの減量から、27%は鍵盤の鉛調整から効果を得ています。

8%少ない慣性モーメントと5%小さいバランスウエイトで、改造後のタッチがかなり軽くなるのが見込めるわけです。

(図版8) ハンマーの軽量化と鍵盤鉛調整によって慣性モーメント値とバランスウエイト値を共に減らすことができる。

2014年6月19日木曜日

鍵盤手前で換算した場合の慣性モーメント量

3、鍵盤手前で感じるアクション全体の慣性モーメントを算出する
前章ではアクション部品個々の慣性モーメント値を算出しました。実際に弾いたときに感じる慣性モーメントの量はそれぞれの値を合算したものではなく、工学の知識に則って計算しなければなりません。
それによると、連動した2つの物体の回転角度の比を二乗したものをかけることによって算出できます。


(図版7) 鍵盤が角度θK回転すると、ウイペンは θW 、ハンマーは θH 回転する。
図版7を見ていただくとわかる通り、鍵盤を弾くと鍵盤が回転運動をして、それがウイペンとハンマーにそれぞれ伝わります。たとえば鍵盤がθK回転したときには、ウイペンは θW ハンマーは θH それぞれ回転します。( θは一般に角度を表す記号です。)

そこで、さきほどの理論を当てはめてアクション全体の鍵盤手前での慣性モーメント値を考えてみると、次のようになります。
MoI (Whole action at key) = MoI (K) + MoI (W at key) + MoI (H at key)
       = MoI (K) + MoI (W) x WK)2 + MoI (H) x (θHK)2
ウイペンとハンマーでは、回転する角度の比を二乗してそれぞれの慣性モーメント値にかけています。これで、全体の値が求められるわけですが、角度を測定するのは大変難しいことです。しかし次に説明するやり方を経て、これを長さの比に書き換えることが可能です。長さは簡単に測定できますので、この方が実用的な求め方となります。
MoI (Whole action at key) = MoI (K) + MoI (W at key) + MoI (H at key)
        = MoI (K) + MoI (W) x (LKO/ LWI)2 + MoI (H) x (LWO/ LHI x LKO/ LWI )2
ここで、LKOは鍵盤の回転中心からキャプスタンスクリューの頂上中心までの距離、LWIはウイペンの回転中心とウイペンヒール下端のキャプスタンスクリューとの接点の中心までの距離、LWOはウイペン回転中心とジャック・ローラーの接点までの距離、LHIはローラー・ジャック接点からシャンクの回転中心点までの距離です。
鍵盤がθK動いたときにキャプスタンスクリューはLKO x θK動き、ウイペンヒールはLWI x θW動きます。キャプスタンスクリューとウイペンヒールは同じだけ動いているわけですから次の式が成り立ちます。
LKO x θK = LWI x θW
これを書き換えて比の形にすると
 θWK = LKO/ LWI
となります。ですので、ウイペンの鍵盤手前で感じられる慣性モーメントは次の式によって求められるわけです。
MoI (W at key) = MoI(W) x (θWK)2 = MoI(W) x (LKO/ LWI)2
つまり測定困難な角度の比の代わりに、測定可能な2つの長さの比によって計算が可能になります。
では、次にハンマーの鍵盤手前における慣性モーメントを求めてみましょう。
先に書いた通りハンマーが鍵盤手前で感じられる慣性モーメントの値は次の通りでした。
MoI (H at key) = MoI (H) x (θHK)2 = MoI (H) x (θHW x θWK)2
θHKθHW x θWKと書き換えることができ、θはすでにLKO// LWIで求められることを示しておきました。ここではθHWを考えていきます。
ウイペンとハンマーの接点はジャックとローラーの接点で、鍵盤がθK動いたときにジャック先端ははLO x θ動き、ローラーはLI x θ動きます。ジャックとローラーは同じ距離動いているわけですから次の式が成り立ちます。先ほどと同じ考え方です。
LWO x θW = LHI x θH
式を変形し比の形で表すと
θHW = LWO// LH
となります。ですので、ハンマーの慣性モーメントが鍵盤手前で感じられる量は、
MoI (H at key) = MoI (H) x (θHK)2 = MoI (H) x (θHW x θWK)2 = MoI (H) x (LWO/ LHI x LKO/ LWI )2
と、4つの計測可能な距離の日に置き換えることができるわけです。念のため書き添えておきますと、この値はハンマーがウイペンと鍵盤を通じて鍵盤手前で感じられるものですので、ウイペンと鍵盤の慣性モーメント分は入っていません。
さて、これで、アクションの3つの構成部品、鍵盤・ウイペン・ハンマーの鍵盤手前で感じられる慣性モーメントの値を算出することができました、アクション全体の慣性モーメント値は次の通り3つの値を足すことによって求められます。
MoI (Whole action at key) = MoI (K) +MoI (W at key) + MoI (H at key)
          = MoI (K) + MoI (W) x (LKO/LWI)2 + MoI (H) x (LWO/LHI x LKO/LWI)2
もう一度計測する距離の詳細を書いておきましょう。
-        LKOは鍵盤の回転中心からキャプスタンスクリューの頂上中心までの距離
-        LWIはウイペンの回転中心とウイペンヒール下端のキャプスタンスクリューとの接点の中心までの距離
-        LWOはウイペン回転中心とジャック・ローラーの接点までの距離
-        LHIはローラー・ジャック接点からシャンクの回転中心点までの距離
です。
ここで具体的な数値をあげてみます。あるスタインウェイDの真ん中のC音のデータです。
ハンマーの鍵盤手前における慣性モーメント値は202,577 gcm2でした。その詳細を書くと、HSWが10.9g、距離が13cmで、単体での慣性モーメントは10.9 x 132、そしてHK)10.5だったので、鍵盤手前での値は10.9 x 132x(10.5) 2です。これを計算すると上記の値になります。
ウイペンの鍵盤手前における慣性モーメント値は4,332 gcm2です。これはウイペン単体の慣性モーメント値756 gcm2 に角度比 wK) 2.14の二乗をかけて求めた値です。
鍵盤の慣性モーメント値は50,463 gcm2でしたので、全部を合計すると257,311 gcm2となります。すなわち、この音のアクションはこれだけの慣性モーメント値を持っているということになります。

(以下続きがありますが、しばらくアップいたしませんのでご了承ください。内容としては当ブログの少し前の投稿記事、スライドショー「タッチを変える」のPage20以降がそれに相当しますので、そちらをご覧ください。)

2014年6月18日水曜日

鍵盤の慣性モーメントを求める

(3)鍵盤

鍵盤の説明として図版4の模式図を使います。
(図版4) 鍵盤を単純化した模式図を使って慣性モーメントの求め方を考える。
鍵盤の慣性モーメントもハンマーやウイペンと同じように求めます。鍵盤板を4cm間隔で分けて考え、鍵盤鉛やキャプスタンスクリューなどは個別に求めて最後に合計します。そうしますと、図版4で示したサンプルの鍵盤の慣性モーメントは、次のように求められます。
MoI (key) = m1(s1)2 + m2(s2) 2 + m3(s3) 2 + mL(sL)2 + m4(s4)2 + m5(s5)2 + m6(s6)2 + mc(sc)2
実際の測定では図版5のように紙に鍵盤の形状や鉛の位置などを写し取りそこから距離などを測って求めていきます。
(図版5) 鍵盤の慣性モーメントを求めるために、紙に鍵盤の詳細を写し取る。
鍵盤を紙の上に載せて外形を写し取ります。バランスホールの中心位置(鍵盤の回転中心点)、鉛の位置と直径・長さ、キャプスタンスクリューの位置、バックチェックの位置、座板中や座板後の位置や寸法、白鍵・黒鍵の重心位置などを書き入れます。
外せる部品、たとえばキャプスタンスクリューは取り外して質量を測定します。取り外せない部品、たとえば、白鍵・黒鍵材料やバックチェックなどは手持ちの代替品を測定して使用することでも十分です。鍵盤鉛は大きさがメーカーや時代によりまちまちなので、計算で体積を求めた上で密度をかけて質量を求めます(半径の二乗x円周率x長さx密度)。密度は調べても分かりますが、手持ちの鉛を使って算出することも可能です。
木部は切断はもちろんせずに、スプルース部は4cmごとのブロックを想定して、それぞれの体積を幅x厚さx4で求め、密度をかけて質量を求めます。楓やぶな材を使用している座板などは同じように質量を出した後スプルースの分割パターンに合わせて分散してそれぞれの区画に加算してあげます。
すべての部分を計測したら私の開発した慣性モーメント計算表にデータを入力します。データを入れますと、慣性モーメント値が自動計算されます(図版6)。

(図版6) 中村式慣性モーメント計算表
実際の鍵盤でどのような値になるのか、私がこれまで計算した値の例を上げてみましょう。
·       スタインウェイD、最低音:       72,000 gcm
·       スタインウェイD、真ん中のC音:     50,400 gcm
·       ヤマハC3の真ん中のC音:      31,000 gcm
·       カワイK3(アップライト)の真ん中のC音:             6,000 gcm
メーカーや機種、グランドかアップライトかによってその値にかなりの違いがあるのがわかります。

上記慣性モーメント計算表(マイクロソフト・エクセルファイル)は希望の方に無料で配布しています。ご希望の方はyuji3804@gmail.comまでその旨を書いた上でお申し込みください。返信が遅れる場合もありますのであらかじめご了承ください。

2014年6月17日火曜日

ウイペンアッセンブリーの慣性モーメント


(2)ウイペンアッセンブリー


(図版3) 慣性モーメントを求めるために適当な大きさに分解・切断されたウイペン
ウイペンは複雑な形状をしているので何cmごと、という分割ではなく、形状に合わせて分けました。回転軸はウイペンセンターピンの位置で、各部分の質量と、その重心と中心軸の距離の二乗をかけて算出します。
MoI (Whippen) = Σmn(sn)2 
Σは分割した部分の数値を合計すると言う記号で、mは質量 s は中心と重心との距離です。
このサンプルのウイペンはスタインウェイのパーツですが、この部品は756 gcm2と計算されました。後の方でそれぞれの慣性モーメント値を比較しますが、ウイペンは他の2つよりも大変小さい値のためさほど深く分析していくことはしません。

2014年6月16日月曜日

ハンマーアッセンブリーの慣性モーメントを求める

それでは、そのやり方を紹介していきましょう。

2、各アクション部品の慣性モーメントを算出する
(1)ハンマーアッセンブリー


(図版1)慣性モーメントを求めるために4分割されたハンマーアッセンブリー
図版1は4つの部分に分割されたハンマーアッセンブリーの写真です。シャンクセンターピンを軸として回転運動するのでセンターピンから4cmごとに切断してあります。4つの部分のそれぞれの中心位置はセンターピンから2cm、6cm、10cmそして13.2cmになります。理論上は限りなく細かい部分に分けて計算していくのですが、私たちが利用しようとしているピアノアクションの慣性モーメントは、タッチの軽い重いを調整する目的で、ある程度の数値が得られれば良く、理論的に厳密に計算する必要はありませんのでこのような計測方法を取りました。なお、シャンクフレンジはレールに固定されている部分で、動く部分の動的抵抗として求める慣性モーメントには関係ありません。
先の例で慣性モーメントを求めてみます。計算式では慣性モーメントを英語での頭文字MoI (Moment of Inertia)を使って記述することにします。それぞれの部分の質量をH1H2 H3H4 として、
MoI (Hammer) = H1 x (2)2 + H2 x (6)2 + H3 x (10)2 + H4 x (13.2)2
実際にそれぞれの部分の質量を求め、計算するとこの例のハンマーは1616 gcm2 と計算されました。通常物理学ではKgm2 を単位として使いますが、ピアノのタッチに関して利用する際はgcm2 を使うことを提案します。この単位が最も私たちの使用目的に合った数値が得られるからです。
さて、図版1の例ではシャンクを切って値を求めました。あれ、それじゃあ、と疑問に思った方が多いかと思います。もちろん、このやり方では日常業務に使用できません。せっかく交換したシャンクを切るなどもってのほかです。そこで、通常使用する計測法として図版2で示したやり方を利用します。ハンマーストライクウエイトにシャンクフレンジセンターからハンマーウッド中心線の距離を二乗したものをかけてそれを慣性モーメントの値とするのです。
ハンマーストライクウエイト(HSW)はアメリカの技術者デービット・スタンウッドの提唱するタッチデザインを構成する要素の一つで、図版2のように測定します。垂直にフレンジを立ててジグのエッジにセンターピンの中心が来るように載せ、ハンマーテールの下に置いたデジタル秤で重さを読み取ります。
図版1と同じハンマーをこのやり方で測定すると1,720 gcm2という数値が得られました。先ほどの計測より6.5%大きい値です。どちらにしてもこちらのやり方でしか現実的に仕事ができませんので、このギャップはギャップとして認識しながら、今後の測定値はすべてこちらのやり方で測定したものを使います。このやり方のメリットは、シャンクを切らなくて良い、というのは第一ですが、このHSW値はスタンウッドのやり方を利用する場合どちらにしても測定しなければならないものですし、ハンマーアッセンブリーのほとんどの質量はシャンクではなくハンマーにありますので、効果的なやり方なわけです。


(図版2) 慣性モーメントを算出するためにHSWとシャンクフレンジセンターとハンマーウッド中心線の距離を利用する。

2014年6月15日日曜日

タッチの重さ調整に慣性モーメントを取り入れる

この文章はアメリカの業界雑誌「ピアノテクニシャンズジャーナル」の昨年(2014年)の9月号と10月号に投稿したものです。内容は昨年シドニーで催されたAPTTAコンベンションでのプレゼンテージョンの一部分になります。プレゼンテーションの内容は「タッチを変える」シリーズで紹介していますのでそちらをご覧ください。

最近アップライトピアノのタッチの重さ調整に関する記事を別ブログでアップし始めています。そちらは具体的な方法を主眼に説明しているので、慣性モーメントなどの説明は省いています。ただ説明が全くないとやはりわからないと思うので、説明を載せてあるこの記事を掲載することにしました。どちらにしても基礎的な考え方は同じですので、理解した上で日常業務に生かしていけると、グランドピアノでもアップライトピアノでも役に立つと思います。


1、タッチの重さ調整に慣性モーメントを取り入れる
年から今年にかけて、アメリカのピアノ調律師協会発行の雑誌「Guild Journal」に、ピアノアクションにおける慣性モーメントの説明とその利用法についていくつか論文が発表されました。それらの記事によってピアノアクションにおける慣性モーメントのコンセプトと理論的な説明がわかりやすくなされました。
私もまた、ここしばらくこの課題について考えてきました。慣性モーメントの考え方を取り入れることによってタッチの重さ、それも運動中の手ごたえまで調整可能になります。私の慣性モーメントへのアプローチは前述の記事と違い、自分で計測し計算でき、自分でタッチの改良に役立たせることができます。このやり方はこの議論に一石を投じることができるのではないかと考えました。
私のやり方では、アクションの個々の部品すなわちハンマーアッセンブリー・ウイペン・鍵盤の3つに対して、物理学で定義された慣性モーメントの求め方を簡便な方法で応用してその値を求めるというものです。
物理学の理論書を調べると次のような定義が見つかります。
ある物体の慣性モーメントはその限りなく小さい部分の質量と与えられた回転軸からの距離の二乗の積をその物体全体に積算したものである。
私のやり方は先の論文に記述された方法よりも本来の定義に見合っています。たとえば、ひとつの論文では重心位置を回転軸として角加速度を計測して、それを本来の回転軸に換算することによって求めていますし、もう一つの論文では、慣性モーメントの意味合いを考えた上で、鍵盤に与えられる加速度と鍵盤鉛の関係に注目し、特定の重心位置を持つ鉛の配置を提案しています。また別の論文では工学的に解析してグランドピアノのアクションの特性を追求していました。
どの論文でも紹介されている慣性モーメントの算出方法は一般的に言って不可能ではないものの、調律関連業務を日常の仕事としている調律師には難しいやり方です。測定機材が特別に必要となりますし、測定方法には工夫が必要とされます。
私の提案するやり方は純粋に上記の定義に則り、アクション部品を小さいいくつかの部分に分けた上で、慣性モーメントの値を計算して求めます。一般の技術者でも特別な器具を使わずとも計算可能な方法なのです。その上でそれをどのようにタッチの改善に役立てられるのかも十分普通の技術者が応用できる位の簡便さであると考えます。

2014年2月2日日曜日

アップライトピアノのタッチウエイトコントロール

中じいのブログへようこそ!

別ブログにてアップライトピアノのタッチコントロールについての文章を発表しています。
http://yujitouchweightuprightpiano.blogspot.co.nz/

元になった論文はアメリカの業界雑誌「ピアノテクニシャンズジャーナル」2015年1月号と2月号に掲載されました。現在日本ピアノ調律師協会会報に連載中ですので非公開にしております。来年3月には再び公開する予定でいますのでそれまでお待ちください。

こちらのグランドピアノに関するブログではアップライトピアノのアクションについて書いてきませんでした。しかし現場では確かに問い合わせも良くあり、複数の技術者からも是非書いて欲しいと言われていましたので、それを発表できるのを嬉しく思います。多くのピアノ技術者の手助けになってくれることを期待します。

アップライト編では、基礎的なことは詳しく書いていません。アクションの分析やスタンウッドシステムの紹介、そしてバランスウエイトによる鍵盤鉛調整などはこちらにある記事を参考にしていただければと思います。どちらにしてもピアノ技術者としてアップライトもグランドも両方こなせるのが求められます。考え方の基本は同じですのであとはアップライト特有の方法を理解すればよいだけです。

こちらのブログでは、次の段階として具体的な作業の紹介や新しく発見したことの報告などをしていく予定です。ご期待ください。

中村祐司