2013年12月11日水曜日

タッチを変える Page 32+33: 終わりと補足


これでシドニーでの講義に使ったスライドショーは終わりです。お付き合いありがとうございました。

シドニーでは1時間半の枠でやりましたが、特に耳新しかったと思われる中盤の説明部分で質問が多々あり、時間を使ったため、後半は十分な説明をする時間が取れませんでした。参加者が理解しながら、疑問を解消しながらやるのであれば2時間半は必要だったかもしれません。

今回の日本語版では1日1ページ、アップロードしてきました。読んでいただいたみなさんには十分咀嚼する時間が取れたと思います。スライドによって内容の濃いものも薄いものもありましたので、間が空きすぎていたと感じる日があったかもしれません。スライドを日本語で書き直し、ブログに転載して解説を書き加える作業を1日1ページ行うのは結構大変でしたがなんとか終わりまでたどりついてほっとしています。

最後に補足を書き添えておきます。アメリカ人のピアノ設計者フランク・エマーソン氏による鍵盤鉛の重心位置比率の考え方です。この論文はピアノテクニシャンジャーナル2013年4月号で発表されました。

この比率は鍵盤手前側の長さと鍵盤鉛の重心位置を表した値です。数字が小さいと鉛の重心がバランスピン側にあり、大きいと鍵盤手前に近いということになります。彼の実験と研究によると、この値が0.429のときに、指で入力された加速度が最大の効果を発揮するということです。私の慣性モーメント計算表には参考のためこの数値を表示する項目(CoG (Center of Gravity) Position ratio)が入れてあります。この辺りはエマーソン氏も研究中のためこれに続く論文が待ち望まれる所です。私も計算表に入れてそれを独自に研究しています。

表では3つの鉛配置の例を載せました。それぞれ次の通りです。
例A:オリジナルの鉛配置、CoG値は0.731(慣性モーメントの最大値に近い)
例B:最小の慣性モーメント値を達成できる配置。CoG値は0.299
例C:CoG値0.429を達成できる鉛配置の例



2013年12月10日火曜日

タッチを変える Page 31: タッチを変えるためにもっとできること


前2枚のスライドで紹介したのは基本的に今ある姿を有効に活用して最大限の効果を得ようとする要素でした。普通の仕事の範囲ではそれらだけでも費用がかさみ、躊躇する顧客も多いものと思います。ここでは、それを超えていくらでもコストをかけられる場合にもっと何ができるのかまとめました。部品を交換し整調や鉛調整などすべてやりなおさなければならないのでコストが高いというのがこれらの特徴となるでしょう。しかしそのコストをかけることでさらに精度の高いタッチを達成することができます。または、ハンマー交換の仕事を請けたときは、これらの技術を使っても極端に時間が余分にかかるわけでもないので、さらに質の高いタッチに仕上げて納品することが可能です。

まず始めはトキワ製作所社製の「マジックホイップ」ウイペンに交換するという方法です。これは特にアメリカの部品会社「ピアノテック」を通じて販売されていますが、日本国内では製作元のトキワ製作所から直接購入できます。この商品にはウイペンアシストスプリング調整機能が付いており、ねじでバランスウエイトを調整することができます。また、ウイペンヒールが接着されない状態で売られていますので、マジックラインを調整しながらアクション比を変更することも可能です。慣性モーメントもそれに応じて調整できることになります。

現行品はスタインウェイ用かメイソンハムリン用のフレンジで供給されます。ヤマハなどで使用する場合でもフレンジを交換すれば使えます。ループコードが付いていますので普通のヤマハのフレンジを付け換えるのではなく、それを自分で改造することが必要です。トキワ製作所では依頼すれば特注で製作してもらえるものと思います。

次はピッチロック社で販売している「タッチレール」に変更する方法です。鍵盤押さえをこの製品と交換します。レールに調整ねじつきスプリングが内蔵されていて、鍵盤を軽く押す感じでセッティングしタッチウエイトを軽減します。交換に手間がかかりますが、いったんセットしてしまえば時に応じてタッチの重さを変えることが可能です。とにかく軽くしたいというだけならレールを付けて調整すればおしまいですが、精密にタッチウエイトを調整したいときは、バランスウエイトをやや重めに鉛調整しておき、その上でこの機能で微調整することになります。直接慣性モーメントを変えることはありません。バランスウエイトを調整するならば、その時に調整することは可能です。

ハンマーを交換するのも高価ですがタッチを変えるオプションの一つになるでしょう。特にハンマー交換する仕事を受注した場合は購入時にその重さをチェックした上で選ぶとタッチウエイトの問題が事前にある程度解消されて全体の作業を楽にするでしょう。ピアノテックではハンマーストライクウエイト加工済みのパーツを販売しているとのことです。

シャンクローラーの位置は0.5mmの違いでもタッチに大きく影響します。これはハンマーの入力側の寸法の問題ですが、アクションレシオやストライクレシオ・等価慣性モーメントすべてに大きく関わってきます。シャンクを交換する修理のときはセンターピンとローラープレート間の寸法を十分注意して選ぶ必要があります。ハンマーはそのままでシャンクだけ交換することはあまりなく、ほとんどハンマーと同時に交換することになるでしょう。同じメーカーであっても時代によってこの位置が違う場合がありますので、シャンクに接着済みのハンマーで交換するときは部品を派注する前に良く調べておくべきでしょう。

WNG社のシャンクはローラーの位置が0.5mm単位で調整できるようになっており、接着されていない状態で手に入ります。自分でこれらを分析した後、適切な位置に自分で接着することになります。ただしこの商品はカーボンファイバー製なのでハンマーの接着にしてもセンターピン交換にしてもやり方が違います。シドニーで会ったこの会社の設計者の話では打弦時の跳ね返り係数も違うので整音にも違う取り組みをする必要があるということでした。

最後のオプションである鍵盤と鍵盤筬の新調は、めったにすることはないと思います。基本は鍵盤バランスピンの位置を変えることによってタッチを変えようと言うものです。アクションレシオやストライクレシオなど変わります。作った後には修正が効きませんので、事前に精密なチェックが必要でしょう。

表には載せていませんが、これの発展形としてスタンウッドイノベーションズではSALA(スタンウッド・アジャスタブル・レバレージ・アクション)という商品も開発しています。鍵盤の支点を動かしてタッチを変えることのできる機構を持っています。これの優れているところは、パンチングを切るの方法とは違い、鍵盤の支点部分を無段階で調整できるところです。しかし、彼のウェブサイトを見ますと、何台かはすでに作られていて特許も取っていますが、積極的には販売していないようです。

タッチの重さは主に2種類の視点からそれぞれの要素を考える必要がありました。その要素であるバランスウエイトと慣性モーメントは、いろいろなやり方で調整が可能で、私の提案するやり方によって行えば2つの要素をそれぞれ考えながら、同時にそれぞれを適当な値に設定して意識的にタッチの重さを作り上げることができるということを紹介してきました。

今回の講義はこの手法の基礎講座で、基本的な考え方と元になる理屈の部分を解説するものでした。次の段階ではこの手法のアップライトピアノへの応用や、一台全体をバランスよく仕上げるために必要な技術、実際の作業におけるノウハウなど、を解説していくことになります。

来年ブリスベーンで予定されている1日研修では、基礎講座の後、実際のアクションを使っての実技研修を行う予定で、現在それに向けた第2段階にあたるスライドショーの作成に取り掛かっています。

現実的にはこのスライドで講義は終わりですが、次のスライドで終わりのスライドと補足のスライド1点をお見せする予定です。

2013年12月9日月曜日

タッチを変える Page 30: タッチを変える方法とその効果(その2)

鍵盤鉛調整はここまで紹介してきたやり方を含めて実施するとタッチの変更に、より効果的です。単純に言うとタッチを軽くしたいときは鉛をなるべくバランスピンに近い側に配置し、重くしたいときは逆になるべく手前に配置するか、両側に鉛を配置することです。この操作で慣性モーメントが調整されます。目標にするバランスウエイト値で調整することによってバランスウエイトも設定できます。

鍵盤には鉛を出し入れできる広い領域がありますので、ある程度自由に配置を選ぶことができ、作業性も良好です。繰り返し調整できるのもメリットです。

フリクションの調整自体はセンターピン交換やブッシング張替え・調整など比較的簡単です。しかし全鍵のフレンジセンターや鍵盤ブッシング・鍵盤バランスホールを実施するとなると相当時間がかかります。しかしながらアクションがスティックなく、ガタもなくスムーズに動くことがピアノとしての最低限必要で、タッチの重さを調整することはそれからのことですから、ここはきちっとチェックしておかねばなりません。スティックしているとダウンウエイトが重く、アップウエイトが軽くなってしまうのでタッチが重いと感じられます。

ローラーやキャプスタンスクリューなど、部品同士が擦れあう場所は黒鉛等のこびりついた汚れをきれいに清掃して、適当な潤滑剤を使って滑らかな動きにします。

最後に上げたアクション部品の位置関係もアクションが正常に動くために必要な項目です。弦の高さとシャンクフレンジの高さ・ハンマーの穴あけ位置の関係、シャンクセンターとウイペンセンターの距離、2つのマジックライン(鍵盤-ウイペン、ウイペン-ハンマー)を適切に調整することなど、本来アクションがあるべき姿に戻すというのがこの調整の役割です。もっともこれによってタッチの重さが劇的に変わることはあまりないでしょう。素性のわからないアクションや過去に好ましくない修理が行われたと疑われるようなアクションなどはチェックしておくのが賢いと思われます。

2013年12月8日日曜日

タッチを変える Page 29: タッチを変える方法とその効果(その1)

さて、最後にこの講義で紹介してきた手法のまとめとして、タッチの重さを変えるためにどこを、どのように変えて、その結果どのような結果を得られるか表にまとめました。スライドのスペースの関係から3枚に分けてあります。今日はその一枚目になります。

まず、ハンマーの質量調整です。すでに述べたようにハンマーウッド部を削ることによって質量を減らし、タッチを軽くします。あるいは重くするときはハンマーに専用鉛を挿入し、かしめます。最大で1g程度の調整しかできませんが、バランスウエイトにも慣性モーメントにも大きな変化を及ぼすことができます。作業をするためにハンマーを外して測定・加工しなければならないので、全部をやろうとするとそれなりに時間がかかります。この調整をした後に鍵盤の鉛調整もするのであれば、さらに時間がかかります。従ってどこまでやるかによって費用は変わります。一部の音域でハンマーの質量調整で済ませば少なめで済みますが、全音域で仕込みから鍵盤鉛調整・整調までひっくるめてやるのであれば数日かかり、費用は相当かかるでしょう。

アクションレシオとストライクレシオを変えると、バランスウエイトと慣性モーメント両方を調整できます。これを調整するためには2通りあり、一つはバランスパンチングクロスを切る方法、もう一つはウイペンとキャプスタンの接点を移動する方法です。

パンチングクロスを切る方法では切るか切らないかの選択しかできません。(スタンウッドイノベーションズでは調整式のシステムを販売していますが、これは3枚目で紹介します。)切った場合にはアクションレシオが変わるためアフタータッチが変わりますので、あがきや打弦距離を見直す必要があります。ですが、切る作業と整調作業をやっても数時間でできますので、費用は比較的安く済みます。

ウイペンとキャプスタンの接点を移動するやり方は、ちょっと大変です。ウイペンヒールを切断し高さを調整したうえで接着し直すか、ヒールクロス部をクロスを剥がして平らに加工し、スペーサーで高さを調整した上で新しいクロスを貼るかしなければなりません。この接点を移動するときは鍵盤-ウイペン・マジックラインに沿って接点を動かす必要がありますので、ヒールを手前に移動するときはヒールが高く、奥に移動するときは低くなるはずです。

キャプスタンスクリューは全部抜いてから穴を埋め木し、新しい位置を決めた上で穴あけしなおしてスクリューを植えます。作業としては難しくありませんが、時間はそれなりにかかります。新しい位置は移動可能なダミーのキャプスタンを作り、マジックラインとヒールの位置を見ながら決めます。もちろん、整調がかなり変わりますので、全体にやり直す必要もあります。お察しの通りこのやり方は時間がかかります。中程度からかなり高価な修理となるでしょう。

なお、シャンクローラーの位置を変えてもレシオを変えることができますが、費用が段違いに高くなるので、3枚目にて説明いたしします。

タッチの重さを変える簡便な方法としてキャプスタンスクリューをアルミニウム製に変えるというのがあります。この部品はすでに紹介したとおりWNG社で販売しています。重さが1.6gしかなく、通常の真鍮部品よりも4g~7gほど軽くなります。鍵盤レシオはどのグランドピアノもだいたい0.5くらいですのでバランスウエイトがその半分、2gから4g弱減るわけです。鍵盤の慣性モーメントも支点からの距離に応じて小さくなります。支点から15cmであれば約1700gcm程度減らすことができるでしょう。部品自体が高価なので費用は中程度としてあります。なお、ねじ部が折れやすいので、入れるときには潤滑剤を塗ったり、下穴を大きめにあけなおすなどの工夫が必要です。

2013年12月7日土曜日

タッチを変える Page 28: 両側への鉛入れでタッチを重くする


慣性モーメントを考慮に入れたタッチの変更で、アップライトに応用できる技をご紹介します。バランスピンの両側、等距離に同じ鉛を入れるという方法です。写真に写っている上の鍵盤がそうです。この鍵盤には直径15mmの鉛がバランスピンから前後12cmの所に入っています。

釣り合っている天秤の両側に同じおもりを入れても変わらないように、この鍵盤もその釣り合いは変わりません。すなわち、バランスウエイトもフロントウエイトも変わらずに、慣性モーメントだけが大きくなっています。静的なバランスを考えると何も変わっていませんが、動的な抵抗を考えると確実に抵抗が増えていて、動きが重くなっています。

特に写真のようなアップライトで、タッチがスカスカで手ごたえが足りないとか、勝手に動いてしまう感じで「溜め」が足りないので何とかして欲しい、というような顧客には非常に有効な方法です。もちろんグランドピアノにも応用できます。

このアイデア自体は私のオリジナルではなく、一部のアップライトピアノやグランドピアノにすでに使われてきている手法です。私の方法を使うメリットは、どの位の鉛をどこに入れるか、ということを計算表でシュミレーションして数値化できるところです。鍵盤に穴をあけてしまう前に、要求される重さ・抵抗感を計算によって的確に判断して穴の位置や直径を決定できます。

使う鉛は写真にあるような15mmの鉛でなければならないわけではなく、小さいものでも良いわけですし、入れる場所(距離)を変えることによっても増える慣性モーメントが変わってきます。どんな組み合わせであろうと、何%増やす、と意識してやれば何かあっても、そこからの調整もまた可能です。

なお実際の作業では、後ろ側を両面テープで貼り付けておき、手前側はまずは等距離の位置に置いておいて、バランスウエイト鉛測定を行った上で前側の鉛を微妙に前後させてバランスウエイトを揃えると良いでしょう。慣性モーメントも揃い、バランスウエイトも揃い、一挙両得です。鉛の位置を割り出したら、印をつけてから鉛入れ作業をすれば良いわけです。アップライトでここまでのコストをかける顧客はそう多くはないと思いますが、少なくともタッチの問題を解決する手法の一つとして持っていると選択の幅が増えます。

次からの3枚のスライドで本講義のまとめをします。タッチを変えるために何ができて、どんな効果があるのか、を表にまとめて紹介していきます。

2013年12月6日金曜日

タッチを変える Page 27: 鍵盤の慣性モーメント調整の限界値


鍵盤は細長い形状をしているので、慣性モーメントを調整する幅が大きいことは書きました。では、いったいどのくらいの範囲でできるのでしょうか、あるいはピアノによって差があるのでしょうか。私の慣性モーメント計算表で試算した数値で比較してみます。一つは同じピアノで音域による違い、もう一つはピアノの機種による違いです。

まずは同じピアノでの違いを考えてみます。小さめの楽器ですと、鍵盤の長さは低音から高音まで同じで、音域によって入っている鉛の数が変わるので慣性モーメントはそれに応じて変化しますが、全体としてそれほど大きな違いは出てきません。しかし、大きい楽器、たとえばコンサートピアノでは弦長と打弦点の関係から鍵盤が長く、特に低音の鍵盤は高音に比べより長くなっているので、鍵盤の長さが一鍵一鍵異なっています。

この例として、スタインウェイのコンサートピアノを調べてみます。上の表にある通り、低音の下から2番目のC音、中音の真ん中のC音、そして、次高音のC音を比較します。

低音のC2(下から2番目のC音の意味)ではオリジナルの鍵盤で68100gcmありました。この鍵盤には鍵盤手前の方に鉛がまとまって入っているため慣性モーメントを増やす方向では1600gcmしか調整幅が取れません。もちろん、オリジナルの状態で十分重く動きづらいので、これをもっと動きづらくしてほしいという要望はないものと思います。軽くする方向では8200gcm減らすことが可能です。調整幅は9800gcmあることになります。

中音のC4音(真ん中のC音)はオリジナルの鍵盤で52700gcmありました。この音にも鍵盤手前に鉛が集中していたので慣性モーメントを増やす方向では1600gcmしか調整幅が取れません。軽くする方向では6600gcm減らすことが可能です。調整幅は8200gcmあることになります。

次高音のC6音はオリジナルの鍵盤で46500gcmありました。この音も慣性モーメントを増やす方向では700gcmしか調整幅が取れません。軽くする方向では5800gcm減らすことが可能です。調整幅は6500gcmあることになります。

この3つの音の鍵盤を比べるとC2が一番長く、C4が中くらい、C6は一番短いので、慣性モーメントの調整幅はそれに応じて小さくなっています。鍵盤が短いと鉛を入れることのできる場所が狭いのと、入れるべき鉛の量が少ないので、このようになります。また、ハンブルク・スタインウェイの鉛入れは基本的に端に寄せるようにするため、慣性モーメントをそれ以上増やすことは、やってやれないことはないですが、普通やりません。反対に減らす方向にはかなりの余地があります。そして、軽くしたいという要望は多いと思われるので、それを満足させるには十分な余地があるといえます。

ちなみに同じスタインウェイでもニューヨーク製の楽器は鉛をバランスピンに寄せるのと、鍵盤をかまぼこ型のバランスブロックに載せるのとで、アクセラレーテッドアクションと銘を打ってアクションの動きの軽さをセールスポイントに置いています。慣性モーメントの影響を積極的に取り入れている実例です。

ピアノの大きさによって鍵盤の長さがだいたい決まってきます。どのメーカーも似たようなタッチウエイトとスケールデザインになるので、似たような長さの機種ならば必然的に鍵盤の長さも似たようなものになります。バランスピンからの距離が似たような数値ならば慣性モーメントも似たような数値になってきます。ここでは、中央のC音について4機種を比べてみます。

1つ目は上で使ったスタインウェイのコンサートピアノです。これはオリジナルの鍵盤で52700gcm2 、重くする方向では1600gcm、軽くする方向で6600gcmの調整ができ、合計で8200gcmの幅がありました。

2つ目はベヒシュタインのモデルAです。これはオリジナルの鍵盤で29600gcm、重くする方向では1500gcm、軽くする方向で4500gcmの調整ができ、合計で6000gcmの幅があります。コンサートピアノよりは小さいピアノのため調整幅が少なめです。

3つ目はヤマハのC3、時代によって少し違うかもしれませんが、身近にあったものを計測しました。オリジナルの鍵盤で33500gcm、重くする方向では1500gcm、軽くする方向で3500gcmの調整ができ、合計で5000gcmの幅があります。ベヒシュタインと同じようなサイズなので、同じような数値が出てきました。

4つ目は参考のためのアップライト、カワイK30Eです。オリジナルの鍵盤で6000gcmの値です。重くする方向では大きな鉛を前後ろ等距離に2つずつ入れるとして14700gcm、が可能としておきました。もっと重くすることも可能ですが、あまり現実的ではありませんのでそこで止めてあります。この手法については次のスライドで詳しく説明します。軽くする方向は肉抜き加工する以外調整できません。

小・中型のグランドではタッチを重くして欲しい人もいれば軽くして欲しい人もいると思われます。鍵盤のこの数値を見るとそれらのピアノは十分にその要望に答えることのできる調整幅を持っていると言えそうです。アップライトは重くして欲しいという場合が多く見受けられますので、これもうまく満足してもらえることができると思います。

2013年12月5日木曜日

タッチを変える Page 26: 鍵盤の慣性モーメント調整


鍵盤はハンマーやウイペンに比べ単体の慣性モーメントが大変大きい値を持っています。たとえば写真上の鍵盤はスタインウェイのコンサートピアノの真ん中のC音ですが、オリジナルの慣性モーメントは52700gcmでした。慣性モーメントの値は計算式(質量×距離2)を思い出していただければわかり通り、距離が二乗で効いてきます。鍵盤はハンマーやウイペンに比べ支点からの距離が比べ物にならないほど長いので大きい値になるのは当然なわけです。

この鍵盤ではハンマー単体の慣性モーメントは1840gcm、ウイペンは756gcmでしたので、鍵盤の慣性モーメントの大きさは文字通りケタ違いです。何度も述べているように、回転角度の比の関係で弾き手が感じる等価慣性モーメントはハンマーによるものが一番大きくなりますが、鍵盤も調整によってタッチに影響を与えることができます。

写真の鍵盤はすでに慣性モーメント調整済みで、この状態で46800gcmと、オリジナルより11%少なくなっています。これは以前にも書きましたが、一番外側の鉛を抜いて、バランスピンに近い側に移し替えた実用的な調整法を採用しています。

外見を気にする顧客では、元の鉛の穴をふさいだ方が良いでしょうが、このピアノではわざとふさいでいません。埋め木の分の慣性モーメント増加を避ける目的です。もっと言えば、バランスピンから遠くを中心に木部に肉抜きを施せばその分慣性モーメントを減らすこともできます。もちろん、やりすぎて強度を落とすのは避けなければなりません。

アメリカのWNG社が製造しているアルミニウム製のキャプスタンスクリューに変えると4gから6g軽くなりますので、それだけでも1000gcm程度減らすことができます。付け足しておくと、これによってバランスウエイトも2gから3g減らすことができます。

比較のために写真にはアップライト(カワイK30E)の鍵盤も並べています。この鍵盤の慣性モーメントは6000gcmしかありません。何と言っても鍵盤が短いのと、鍵盤鉛が入っていないためこんな小さな数値になっています。アクションを乗せない状態で双方の鍵盤を手で上下して見ると明らかに動きの違い、動くときの抵抗感が違います。もちろん、アップライトの鍵盤は軽く動き、コンサートグランドではやや大きい抵抗を感じるでしょう。

このアップライトの鍵盤にしても短いですが、鉛を入れることのできる領域があり、慣性モーメントを調整できます。別なスライドで詳しく説明しますが、積極的に鉛を入れて慣性モーメントを増やし弾き心地を変えることができるのです。

2013年12月4日水曜日

タッチを変える Page 25: ハンマーの質量調整によるタッチへの効果

前回のスライドで見たように、ハンマーの質量調整はタッチへの影響に効果的な反面、調整幅が小さいのが難点でした。

ピアノによってハンマーの質量の影響は変わりますが、ここでは、前のほうで例に使ったスタインウェイのコンサートピアノで見ていきます。ハンマーの重さの変化がタッチにどのくらい変化をもたらすかです。

表の一番上は0.2g調整した場合です。これは減らしても増やしても同じです。プラスになるかマイナスになるかの違いです。バランスウエイトはこのピアノのストライクレシオが5.5のため1.1g変化します。鍵盤手前で感じるハンマー由来の等価慣性モーメントは3700gcm2 の変化です。バランスウエイト1gの違いはあまり感じないかもしれません。アクションの動きは少しは違いを感じる程度でしょうか。

ハンマーを1g軽くした場合はこの5倍変化することになりますので、バランスウエイトは5.5g、等価慣性モーメントは18600gcmの変化になります。このアクションの合計慣性モーメントから見るとこれだけで8%近く減ることになります。このくらいやると相当タッチに影響が出そうです。もちろん音色音量も結構変わってしまいそうですね。

削る量は前回のスライドで見たようなやり方で微調整できますので、デジタルはかりを使いながら削り込んでいけば、あるいは入れる鉛を調整すれば0.1g単位で調整することが可能です。そういう意味では、ハンマーが1gの幅で調整できるのであれば通常の仕事としては十分な調整範囲を持っているといって良いかもしれません。

次にハンマーの質量の変化と同じ効果をウイペンや鍵盤ではどのくらいで得られるのか比較してみましょう。

ウイペン全体の鍵盤手前での等価慣性モーメントは4300gcmしかありません。これはハンマー0.2gちょっとの分と同じです。これはウイペン全体を取り去っても、ハンマー0.2gと同じ効果だということを意味します。かなり強引な例ですが、このことから、ちょこちょこっとしたウイペンの肉抜きや軽量化などはほとんどタッチには影響しないのがお分かりいただけると思います。

例外は、アシストスプリング(調整ねじつきでも、なしでも)付きのウイペンに交換する場合です。この部品はバランスウエイトを効果的に減らすことができます。それによって鉛も減らせるので慣性モーメントも減らせます。あまり強すぎるとスプリングの感触が弾き手の指に伝わってしまうという欠点もあります。(詳しくはこのブログの古い記事、第2章2項他をご参照ください http://yujipiano.blogspot.co.nz/2012/11/blog-post_598.html

鍵盤は別なスライドで説明しますが、多いものでは慣性モーメントを8000gcm程度まで調整できる幅があります。ハンマーでいうと0.5g程度に匹敵するので、なかなか馬鹿にはできない数字です。アクションを外して鍵盤だけ指で上下させても慣性モーメントの違いは体感できますが、特に長い鍵盤の楽器ではやはりその値の少ない方が軽く敏感に動きます。

2013年12月3日火曜日

タッチを変える Page 24: ハンマーの質量調整


ハンマーの質量はさほど大きくはありませんが、Page19の等価慣性モーメントの説明で分かっていただいた通り、角度比の関係でタッチへの影響が非常に大きくなります。

それではタッチが重いからと言って、ハンマーの質量を無制限に小さくしても良いでしょうか?それには2つの問題がからんできます。1つは音色の問題で、もう一つは一台として考えたときのばらつきの問題です。

たとえば1gハンマーの質量を減らすとしましょう。これはおおむね1オクターブくらい上のハンマーの質量と同じです。すなわち、1オクターブ上のハンマーと取り替えることと同じになります。ハンマーの質量は弦を振動させるのに必要で、弦が太く長くなればなるほど軽いハンマーでは良い音が出ません。極端な話、次高音のハンマーで低音弦を叩いても深みも音量も出ないでしょう。ですから、むやみにハンマーを軽くすると音色と音量共に損なわれる危険性があります。一部のメーカーのピアノに見られるように、もともと重すぎるハンマーが付いていたり、削っても0.数グラムくらいであればさほど問題にはならないと思います。

もう一つの観点はハンマーストライクウエイトのばらつきの問題です。例を上げてみます。
これがスマートチャートです。スマートチャートはスタンウッドイノベーションズの登録商標で、ピアノテック社から購入することができます。横軸が鍵盤(左が低音右が高音)縦軸がハンマーストライクウエイトで、小さなブロックごとに0.1グラム刻みで数値が振ってあります。高音にいくほどハンマーが軽くなりますので、図のような曲線になります。

この写真はあるピアノでの実例です。図中黄色の点々がオリジナルのハンマーストライクウエイトです。もちろん使い込んであり、音によって消耗度が違うので重さがばらばらです。紫色が加工前の新しいハンマーのハンマーストライクウエイト、赤色がハンマー質量調整をした後のデータです。ハンマーは一見同じように見えますが、ウッドの密度のばらつきや接着剤の量のばらつきなどによって一音一音意外と揃っていません。特に低音と高音の間ではハンマーウッドの長さが違うので1グラム近くギャップがあるのが普通です。スタンウッドのポリシーでは一台のピアノではなるべくスムーズに揃えます。ですから、ものによっては1g近く質量を減らさないといけないかもしれませんが、別な音では逆に0.2gくらい質量を増やさないといけないかもしれません。

それを考えますと、一台のピアノのハンマーを全部同じように極限まで減量するのはタッチのばらつきや音色のつながりのばらつきにもつながります。われわれはタッチを調整する方法を探っているのですから、軽ければよい、というのではなく個々の音でタッチが良く、全体でもスムーズに揃っているという状態を目指したいと思います。

としますと、どの位の精度でやるかにもよりますが、おおむね0.2グラムから0.7グラム位までのハンマーの質量調整が一般的だと思います。

どのように調整するかは、スライドに上げておきました。減量したいときには、ハンマーの両脇を削る(テーパー加工)、テールを削る(テール加工)、テールの内側曲面を削る(インナーアーク加工)が考えられます。もっと、という人はウッド部分に小さな穴をあけたり、リベットを取り除いたり、ハンマー上部側面のフェルトと木部を削るなどが可能です。逆に重くしたいときにはハンマーウッドにハンマー用鉛を入れると良いでしょう。写真のハンマーには代替材料として真鍮棒を使っています。

ハンマー交換をするのであれば、テールやテーパーが未加工なハンマーを購入し、それらの削り具合を質量調整と合わせて行うとより調整幅が大きく取れて良いと思います。

ハンマーの質量はバランスウエイトと慣性モーメントに影響するわけですが、どのくらい影響するのかを次のスライドで考えます。

2013年12月2日月曜日

タッチを変える Page 23: アクション全体のタッチの変化を調べる


前回のスライドではバランスウエイトと鍵盤の慣性モーメントをどのようにシュミレートしてどんな作業をすれば良いか、を考える手順を説明しました。

スタンウッドの公式を利用してバランスウエイトを設定して、そこから得られたフロントウエイトを利用して鍵盤の慣性モーメントの値を設定しました。この続きとして、アクション全体の慣性モーメントがどのようになるのかチェックします。上図をご覧ください。この表は先ほどの3つの計算表と連動していて、必要なデータは自動的に表示されます。等価慣性モーメントを算出するために必要なデータはこの表の下の部分に入力します。

この例ではハンマーが0.4g減量したのとパンチングのカットによって比が変わったので、等価慣性モーメントが7%減っています。鍵盤の慣性モーメントは前回のスライドで紹介したうち実際的な鉛移動オプションを選び、11%減っています。

アクション全体の慣性モーメントは結局オリジナルよりも8%減らすことができました。このうち72%がハンマーによるもので、27%が鍵盤によるものです。バランスウエイトは5%減りますし、これらの作業をすることによって確実にタッチが軽くなることが想定されます。

これで、私の提案するタッチ調整方法の流れの説明は終わりです。スタンウッド方式の説明と慣性モーメントの説明、そしてそれを組み合わせて実際にタッチを調整する過程を説明してきました。次のスライドからは実際に個別の部品での調整方法とその効果について説明していきます。

2013年12月1日日曜日

タッチを変える Page 22: バランスウエイト・慣性モーメント設定手順


今回は3つの表をたてに並べました。一番上がスタンウッドの公式計算表、二段目がフロントウエイト計算表、そして3段目が慣性モーメント(鍵盤)計算表です。

この例に使ったシュミレーションは、顧客からの要望により、アクションを少し軽く、そして少し動きやすくするのが目標です。いろいろなアプローチができるわけですが、ここでは単純に「こんなことができる」という例としてお考えください。

まず始めにスタンウッドの公式計算表を作ります。オリジナルのアクションを始めの方のスライドで紹介した通りのやり方で測定し入力します。この例ではオリジナルのバランスウエイトが40gでした。標準の重めの方ですがもう少し軽く、という要望ですので38gあたりを狙うつもりでシュミレートしました。フロントウエイトは28.9gで、スタンウッドのフロントウエイトシーリング値の30gより約1g少なめです。慣性モーメントを効果的に下げるためにはこれをもう少し下げることができると良いはずです。

ここから、シュミレーションが始まります。実物に手を加えなくとも何をしたらどのような効果が上がるのか見当がつきます。ここで使える駒は多くはありませんが、何かしらの効果を期待できます。たとえば、この場合はタッチを軽くしたいわけですからバランスウエイトを減らすことのできることをやってみます。たとえば、ハンマーストライクウエイトを減らす、アクションストライクレシオを下げる、鍵盤鉛調整を行いバランスウエイトとフロントウエイトの関係を変える、などです。このアクションではフリクションが11gなので、その調整は必要ありません。

スタンウッドの公式2段目はハンマーストライクウエイトを0.4g減らした(ハンマーの木部を削った)と想定したシュミレーションです。オリジナルで10.9gあったハンマーストライクウエイトを10.5gにしました。この場合他の項目、アクションストライクレシオやウイペンフロントウエイトは変わりませんので、バランスウエイトだけ変わります。計算でいくと0.4g×5.5=2.2g、ハンマーが軽くなってそれが5.5のストライクレシオで換算されて、バランスウエイトが減るはずです。

これだけでも38gのバランスウエイトは達成されそうですが、フロントウエイトは変わらず慣性モーメントの効果がもの足りません。ハンマー由来の等価慣性モーメントは小さくなりますが、もう一押し何かしたいところです。

そこで、バランスパンチングクロスを半分に切ってバランスピンの後ろに置く、という作業を想定してみます。これはスタンウッド方式では良く知られた手法で、ストライクレシオを0.4くらい下げることができます。スタンウッドの公式3段目です。5.5あったレシオを5.1に変えてみます。この表ではレシオに計算式が入っていますので、そのように変えるためにはダウンウエイトとアップウエイトの数値を変えてそのレシオになるような組み合わせを得ます。この時にフリクションの値が変わらないような組み合わせを考えます。ウイペンやフロントウエイトなどはこの作業によっては変わりません。

10.5gのハンマーでレシオが0.4下がるのですから、10.5×0.4=4.2gバランスウエイトが減るはずです。そこで、ダウンウエイトとアップウエイトをそのように変えるとバランスウエイト34gを得ます。

34gのバランスウエイトは少し下がりすぎですので、それを設定値の38gにするために鍵盤鉛調整をします。

鍵盤鉛調整は一般的にタッチを軽く(重く)するためと信じられていて、これさえすれば良いと考えられている節があります。しかし、スタンウッドの公式を元に良く考えてみると本当の意味はそれとは異なるということがわかります。では実際鉛調整とは何なのでしょう。

鍵盤鉛調整は鍵盤に鉛を入れたり出したりしてダウンウエイトやアップウエイトを調整する作業です。この作業では、ウイペンやハンマー、ストライクレシオは全く変わらない、というところにご注目ください。スタンウッドの公式の右辺は変わりません。とすると左辺だけが変化することになります。といっても左辺の合計値は変わらないはずです。

つまり、鍵盤鉛調整はバランスウエイトとフロントウエイトの合計値を変えずに、それぞれの値の組み合わせを変える作業であると言えるわけです。例えばタッチウエイト(バランスウエイト)を4g軽くしたい時は、鍵盤手前に鉛を入れてそれを実現します。ダウンウエイトが52gだったものが4gの追加のおもりによって48gで動き出すようになるわけです。しかしこの場合、4gフロントウエイトが増えています。鉛を鍵盤手前に入れているわけですし、スタンウッドの公式によって示されている通り、左辺の合計値は変わらないはずだからです。この時鍵盤の慣性モーメントが増えていることにご注目ください。ダウンウエイトが減ったので、ゆっくり押し下げたときには軽くなった感触は得られますが、実際に弾いてみると慣性モーメントが増えた分、動きづらくなった感じが出ます。数字を見て軽くなったと信じてしまうわけですが、実際に弾き手から見ると動きが悪くなった分、さほど軽くなっていないと感じられることでしょう。

逆にダウンウエイト45gのアクションでは、鉛を4g分抜くと49gまで重くなります。この場合はフロントウエイトが4g分軽くなっているわけです。この時には鉛を抜いていますので、慣性モーメントは減っています。静かに押したときのタッチ感は重くなりますが、動きが軽くなります。この例ですと、40gだったバランスウエイトを38gに減らすことですでに「もう少し軽く」の目標を達成していますから、残りの分で慣性モーメントを減らしたほうが「もう少し動きやすく」を実現するために効果的であることがお分かりでしょう。

上の例では34gに下がりすぎてしまったバランスウエイトを当初の予定である38gに戻すために鍵盤鉛調整をし、それによってフロントウエイトを4g意図的に減らそうという狙いです。そうすれば慣性モーメントを効果的に減らすことができます。ここではフロントウエイトが24.9gに減りました。フロントウエイトシーリング値と比較すると約5g少ない値となっていますので、その効果が期待されます。

上記のシュミレーションで推定フロントウエイトの24.9gを得ることができました。次に慣性モーメント計算表を使って鉛の配置をシュミレートします。前回のスライドで説明したように、フロントウエイト実測値と計算値で2.2gの誤差がありましたので、推定フロントウエイトの24.9gから誤差2.2gを引いた22.7gのフロントウエイト計算値を得られる鉛の配置を調べます。慣性モーメント表では入力された鉛の位置や重さによってフロントウエイトと慣性モーメントのそれぞれが算出できますから、フロントウエイト計算表の欄を見ながらそれが22.7gになるようにモーメント計算表の鉛の位置と質量の数値を入れ替えます。

慣性モーメント計算表2段目(B列)では最低値を求めてみました。慣性モーメントはオリジナルの50400gcmから41200gcmに下がります。18%の減少です。フロントウエイトは22.7gに計算されています。かなり効果的ではありますが、実際の作業を考えますと既存の鍵盤鉛を全部抜いて埋めて、新たに全部の鉛を入れなおさなければなりませんので手間はかなりかかりそうです。

そこで、実際の手間が少なくて済む配置を考えてみます。これが3列目(C列)です。一番外側の鉛だけ抜き、バランスピンに近い場所にバランスウエイトをチェックしながら入れなおす、という方法です。この作業で得られる慣性モーメントは44700gcm2 、11%の減少という結果が得られます。もちろんこれも22.7gのフロントウエイトが実現しています。このやり方ですと、一番外側の鉛をあらかじめ抜いておいてから、バランスウエイト基準の鉛調整をすれば良い訳で、通常のやり方とあまり変わらない時間で作業することができます。(中村式の鍵盤鉛調整法については過去の記事、第10章 http://yujipiano.blogspot.co.nz/2012/12/blog-post_10.html の1から4をご覧ください)

これで、バランスウエイトを2g減らし、鍵盤の慣性モーメントを11%あるいは18%減らすことができる方法を得ました。当初目標としたタッチをもう少し軽く、そしてもう少し動きやすく、を実現できそうです。

この段階ではアクション実物に何も手を入れていません。しかし、すでに何をすれば良いのか、どんな効果が期待できるのかがわかりました。あとは実際に作業していくだけです。もちろん、これは推定ですから、実際の作業に当たってはチェックなしで全部やってしまうのではなく、ポイントごとにチェックして確認・方向修正をしながら進めていきます。

この音全体の慣性モーメントの変化は次のスライドで検討します。

2013年11月30日土曜日

タッチを変える Page 21: 中村フロントウエイト計算表


前回のスライドではバランスウエイトと慣性モーメントをフロントウエイトを仲立ちにして関係付けることができる、という説明をしました。ここでは具体的に表を使って見ていきます。

上に位置する大き目の表がフロントウエイト計算表です。下の左側がスタンウッドの公式計算表、下の右が慣性モーメント(鍵盤)計算表です。

フロントウエイト計算表の一段目はオリジナルのまま測定したフロントウエイトです。この場合28.9gですが、この数値はスタンウッドの表のオリジナルでの測定値が入力されているところから自動的に表示するように設定してあります(赤色の線)。

慣性モーメント計算表の一段目は黄色くハイライトしてありますが、これがオリジナルでの測定値です。ここから計算で求められたフロントウエイト値はフロントウエイト計算表の二段目に自動的に表示されます(青色の線)。

一段目の数値と二段目の数値では若干の違い(2.2g)があります。これは実測値と計算値の違いで、誤差が生じても別におかしいことではありません。後でタッチの重さを変更するためのシュミレーションしていく中でこの数値を繰り入れて補正します。

次のスライドで詳しく述べますが、スタンウッドの公式の最下段にあるフロントウエイト値はそのシュミレーションをして出てきた想定値です。これはコンピュータ上での推測の数値で、いくつかの改善策を施してみた結果得られるであろうという数字です。実際にアクションをいじらなくともまずこの段階で作業の方向性を決めることが可能です。

というわけで、ここに出てきた期待フロントウエイト値は24.9gです。この値は改造を施した後に出てくるであろうと想定した実測値ですので、その時の計算による想定値はこれより2.2g小さくなることが予想されます。なぜなら、オリジナルの計算値はオリジナルの実測値よりも2.2g小さかったのですから、改造後も同じようなギャップがあると予想できるのです。

すると、慣性モーメント計算表の鉛の位置と質量を適度に入れ替えて、その配置で計算されて出てくるフロントウエイト想定値がこの場合24.9-2.2=22.7gになるのであればその鉛の配置が改造後の位置になると言えます。そして、その時の慣性モーメントの値が改造後に想定される値だとも言えるわけです(緑色の線)。

このようにして、スタンウッドの公式計算表と慣性モーメント計算表をフロントウエイト計算表を仲立ちとして結びつけることができました。次のスライドでは、どのようにシュミレーションしていくのか具体的に見ていきます。

2013年11月29日金曜日

タッチを変える Page 20: 鍵盤鉛の位置の違いによるフロントウエイトと慣性モーメントの関係


これまでアクションの重さを決める2つの要素、バランスウエイトと慣性モーメントについて説明してまいりました。バランスウエイトは鍵盤の基本的な動きを決める重さで、スタンウッドの提唱したやり方で求めました。慣性モーメントはアクションの動的な抵抗値で、私の開発したやり方を利用して求めました。

この2つの要素は全く異なる角度からタッチの重さに影響しています。スタンウッドの方法の中には慣性モーメントの要素は入っていませんし、私の慣性モーメントの計算方法にはバランスウエイトは入ってきません。しかしながら全く関連がないかというとそうではなく、それらを結びつける方法があります。その鍵となるのがフロントウエイトなのです。

スタンウッドのやり方ではフロントウエイトを測定し、シーリング値と比較してある程度以上重くならないようにチェックします。すなわち、フロントウエイトが重い、と言うことは慣性モーメントが大きすぎるはずで動きが鈍いだろう、という観点です。シーリング値を見ながらフロントウエイトを設定して、鉛の配置を決めていきます。しかし、慣性モーメントの値を見ながら調整をするわけではありません。経験でパターンを決めているようです。(この辺に関して明確に説明した論文は発表されていません。)

私の慣性モーメント(鍵盤)計算表は基本的には鍵盤の慣性モーメントを算出するための表ですが、この表のデータを利用してフロントウエイトも算出できる優れものです。鉛の配置を変えるとそれに応じて慣性モーメントとフロントウエイト値がそれぞれ算出されます。それを利用するとスタンウッドの公式計算表と合わせてバランスウエイトと慣性モーメント(特に鉛の配置)の値とそれらの関係を意識的に設定するシュミレーションが可能になるのです。

このスライドでは、その原理を説明します。上の図をご覧ください。図では右端にてこの支点があります。てこには質量がないものとします。てこの左側の鉛の配置を変えて3例作りました。

一番上は大き目の鉛が左端の方に載っています。このてこの慣性モーメントは20g×(20cm)と計算できますので、その数値は8000gcmになります。この例でフロントウエイトを求めるには20gを20cm÷25cmにかければ良いのです。20cmの位置にある20gのおもりは計量点25cmのところではその重さで感じる、ということです。つまりこれがフロントウエイトですね。その数値は16gです。

2番目の例を見てください。今度は大と小の鉛が中央付近に載っています。最初の例と同じように計算しますと、慣性モーメントが5700gcmになり、フロントウエイトは16gと計算できます。先ほどの例と比べてみますと、フロントウエイトは16gと同じですが、慣性モーメントは29%減りました。

3番目の例です。これは3つの大きなおもりが支点に近いところに載っています。これも同じように計算します。するとフロントウエイトはやはり16gと先ほどの2つの例と同じになります。慣性モーメントは2920gcmになり、最初の例からみると実に64%減っています。

3つの例ではどれも同じフロントウエイトを持っているにもかかわらず慣性モーメントの値は大きく変化しました。つまり、同じフロントウエイトを実現するための鍵盤鉛の配置は無数にあり、それぞれ異なる(同じになることもあります)慣性モーメントを持つということが分かります。

私の慣性モーメント計算表はこの原理を利用しています。表計算ソフトですので、鉛の位置や重さを入れ替えることによって自在に慣性モーメントとフロントウエイトの値をシュミレートすることができるのです。

次のスライドから実際の計算表を使って具体的なバランスウエイトと慣性モーメントの設定の仕方を紹介していきます。

2013年11月28日木曜日

タッチを変える page 19: 鍵盤手前で感じる慣性モーメントの計算例


前回のスライドでは面倒くさそうな計算を紹介しました。実際どんな数字になるのか見てみるともう少し実感が湧くと思うので、あるホールに入っているスタインウェイのコンサートグランドの仕事から真ん中のC音だけを取り出して説明します。

まずは計算式を再掲します。鍵盤手前で感じるアクション全体の慣性モーメントは次のように求めることができます。

MoI (アクション全体 at K) = MoI (K) + MoI (W at K) + MoI (H at K)
        = MoI (K) + MoI (W) x (LKO// LWI)2 + MoI (H) x (LWO// LHI x LKO// LWI )2
一つ一つ考えてみます。

鍵盤は47000gcm2 の慣性モーメントを持っていました。これは鍵盤手前で感じるそのものですから換算する必要はありません。

ウイペンは単体ですと、756gcm2 の慣性モーメントでした。LKO// LWI  の値を計算すると2.41でしたので、等価慣性モーメントを求めると、756×(2.41)2 =4400gcm2 になります。

ハンマーは単体ですと、1758gcm2 の慣性モーメントでした。LWO// LHI x LKO// LWI  の値を計算すると10.5でしたので、同じく等価慣性モーメントを求めると、1758×(10.5)2 =194000gcmになります。

この3つを足しますと、

47000+4400+194000=245400gcm
という答えを得ました。この音を弾くときにはこの大きさの慣性モーメントを手元で感じるのです。それぞれの割合を見てみますと、79%はハンマーによる慣性モーメントで、19%が鍵盤によるもの、そしてウイペンは2%だけの影響を与えているのがわかります。

ハンマー自体の慣性モーメントは鍵盤のそれに比べて4%にも満たないくらい小さな値ですが、鍵盤手前では動いた角度の比の二乗がかけあわされたことによって非常に大きな値になってしまいました。

この例でわかることは、
1、ハンマーの重さは手元で感じる弾きずらさに大きく影響する。
2、ハンマー由来の等価慣性モーメントを減らすにはハンマーの重さ自体を減らすか、角度の比を小さくすることで調整可能である。しかしハンマーの重さは調整できるが、ハンマー自体かなり小さいので、調整できる幅は限定される。角度の比の調整は可能だが手間はかかる。
3、鍵盤はそれ自体慣性モーメントが大きく、調整できる領域も大きいが、その値の変更でタッチに与える影響は、ハンマーほど大きくはない。
4、ウイペンはそれ自体の慣性モーメントが小さく調整できる幅も小さい。しかも調整したことによるタッチへの影響は少ない。

詳しいことは後々で説明するとして、この辺で慣性モーメントのタッチへの影響が数値的に少し見えてきたことと思います。次のスライドからはこれまで説明してきた要素を踏まえて、どのようにタッチの調整をしていくのか説明していきます。

2013年11月27日水曜日

タッチを変える Page 18: 鍵盤手前で感じるアクション全体の慣性モーメント


前回までのスライドでハンマー・ウイペン・鍵盤と個々の部品についてどのように慣性モーメントを算出するか説明してきました。

ここで問題になるのが、鍵盤を弾くときに指に感じる慣性モーメント値はそれを単純に足せば良いのか?というところです。残念ながらそう単純ではありません。ウイペンもハンマーも途中違う部品を経由して鍵盤手前に伝わってくるので、それを考慮に入れなければなりません。

もちろん、その計算方法は先人たちが本の中に書いてくれています。私の読んだ本(「設計者のための慣性モーメント設計計算」川北和明・藤智亮著)では、連結された物体の入力点における慣性モーメント(等価慣性モーメント)は、連結された物体と入力点を持つ物体のそれぞれの角速度の比を二乗した値を、連結された物体の慣性モーメントにかけて求める、とありました。角度を単位時間で表した単位が角速度ですから、2つの連結された物体が同じ単位時間に動いた量を比べるのならば角度で書き換えても同じことですので、上の式では角度を使用しています。

上の図をご覧ください。入力点は鍵盤手前で、入力点を持つ物体は鍵盤です。ウイペンは鍵盤と連結していて、キャプスタンスクリューとウイペンヒールを接点として連結されています。鍵盤が角度θ動いたときにウイペンはθW の角度動きます。回転軸からの距離がそれぞれ違うのでこれらの角度は同じではありません。これらの角度の比は(θWK)で表されます。ウイペンの鍵盤手前での等価慣性モーメントは、ウイペンの慣性モーメントにこの比の二乗をかけた値です。

MoI (W at K) = MoI (W) × (θWK2

ハンマーも同じように考えることができます。ウイペンを中継していますが、結局は鍵盤がθK 動いたときにハンマーはθH  動きます。ですから動く角度の比は(θHK) で表されます。そこで、ハンマーの鍵盤手前での等価慣性モーメントは、ハンマーの慣性モーメントにこの比の二乗をかけた値です。

MoI (H at K) = MoI (H ) × (θHK2

鍵盤手前で感じるアクション全体の慣性モーメントは鍵盤の慣性モーメントとウイペンとハンマーの等価慣性モーメントを足したものですので、次のような式となります。

MoI (アクション全体 at K) =  MoI (K) +  MoI (W at K+ MoI (H at K)
             = MoI (K) +  MoI (W× (θWK)2 + MoI (H) × (θHK)2

この式で良いわけですが、角度を計測するのは困難ですので、計測可能な長さを使ってこの式を書き換えます。その説明は長くなるので、スライド36枚目くらいに参考として載せることにして、ここには結論だけ書いておきます。

 MoI (アクション全体 at K) = MoI (K) + MoI (W at K) + MoI (H at K)
        = MoI (K) + MoI (W) x (LKO/ LWI)2 + MoI (H) x (LWO/ LHI x LKO/ LWI )2
ここで、LKO は鍵盤の回転中心からキャプスタンスクリューの頂上中心までの距離、LWI はウイペンの回転中心とウイペンヒール下端のキャプスタンスクリューとの接点の中心までの距離、LWO はウイペン回転中心とジャック・ローラーの接点までの距離、LHI はローラー・ジャック接点からシャンクの回転中心点までの距離です。
この式に当てはまる慣性モーメントの数値と各距離を入れて計算することによって、ある鍵盤を弾いたときの合計慣性モーメントが求められるのです。

ここまで来るともう勘弁してくれ、という声が聞こえてきそうです。大丈夫です。ここまで込み入った計算はこれで終わりです。次のスライドでは具体的にどのような値になるのか見ていただき、その後はタッチの重さをどのように決めていくのかに進んで行きます。

2013年11月26日火曜日

タッチを変える Page 17: 鍵盤の慣性モーメント計算用のテンプレート


このスライドでは、具体的にどのように鍵盤のテンプレートを作り、そして慣性モーメントを求めるのか説明していきます。

まずテンプレートを作成するための、測定しようとする鍵盤が余裕で入る大きさの紙を準備します。私は通常低音・中音・高音から白黒各一鍵ずつサンプルを取って、写真のようにバランス位置を基準に揃えて並べます。鍵盤の横側にバランス位置は書いておきます。

鍵盤の外形線をまず写し取ります。次に鉛の中心位置に印を付け、その直径と長さを記録します。距離はあとで測定します。座板中や座板後、鍵盤厚さの変わる位置にも印をつけます。キャプスタンスクリューの中心位置、バックチェックの重心位置にも印をつけます。

鍵盤の厚さと幅を測定し書き込んでおきます。鍵盤の幅は奥と手前で違うことがありますし、白鍵手前は太くなっていますので、それも忘れずに測定しておきます。鍵盤の厚さはスプルースの部分だけ記録します。座板で使われているかえであるいはならは重いので、座板は鍵盤スプルース部とは別に厚さや幅、長さを記録します。

写真の中で赤線と青線が鍵盤を横切っています。赤の線は白鍵のバランス位置を0として、前後にそれぞれ4cmずつ区切っている線です。前のスライドで鍵盤を単純に6つの部分に分けましたが、本物の鍵盤では4cmずつに区切って体積を計算し、比重をかけてそのブロックの質量を求めます。黒鍵は青線で区切られています。

キャプスタンスクリューは抜くことができるので、一本抜いてその質量を量ります。バックチェックもそうできるようであればしても良いですが、工房にあるスペアの部品の質量を利用しても大きな誤差は出ないと思います。白鍵用材の象牙・プラスチックや黒鍵用材の黒檀・プラスチックも同様にスペアの部品の質量で代用します。個々の距離は先ほど作ったテンプレート上でバランス位置からそれぞれの中心あるいは重心位置までを測定しておきます。

鍵盤鉛は直径と長さから体積を出し、比重をかけて質量を求めます。距離も測っておきます。

これらのデータは私の作った中村慣性モーメント(鍵盤)計算表に入力します。そうすると、慣性モーメントが自動計算されて表示されます。

この表でフロントウエイトも計算することになりますので、そのために必要になるバランス位置から計量点までの距離もここで測定し、表に入力しておきます。これが後で重要な役割を果たします。

これで、ハンマー、ウイペン、鍵盤と3つのアクション部品の慣性モーメントの計測ができました。しかしハンマーとウイペンの数値はまだ、鍵盤手前で感じる慣性モーメント値ではありません。それを計算するためにはもう一段階計算を進めなければなりません。次のスライドでそれを説明します。

2013年11月25日月曜日

タッチを変える Page 16: 鍵盤の慣性モーメント


鍵盤は一本の棒状であるため、単純な構造と言えますが、細長くいろいろな付属物が付いているので慣性モーメントを求めるには少々手間がかかります。基本的には小さい部分に分けてそれぞれの値を合計する、というのは同じです。ここでは上図にあるモデルで説明します。

木部は6分割してあります。それぞれの質量はm1, m2, m3, m4, m5, mです。回転中心からの距離はs1, s2, s3, s4, s5, sとします。鍵盤前側には鉛が一個入っていて、質量がmL 、距離がsです。鍵盤後ろ側にはキャプスタンスクリューがあります。この質量はm、距離がsCです。鍵盤手前にWPという点がありますが、これは鍵盤ウエイト測定点で、慣性モーメントの算出には直接関係ありませんが、後のアクションウエイトの分析の時使うことになるので、図に入れています。

これらの部分を一つ一つ計算して合計します。すると、図の中にもあるように、
MoI(K) = m1(s1)+ m2(s2)+ m3(s3)+ mL(sL)+ m4(s4)+ m5(s5)+ m6(s6)+ mC(sC) 
という式になります。長くておどろおどろしい式ですが、単純に全部足しているだけです。実際のピアノではこれが20項目近くありますので、根気の要る作業です。もちろん表計算ソフトを活用しますので表さえ作ってしまえば楽ですが、表に計算式を入れたりチェックしたりするのは少し手間がかかります。

鍵盤は一台の中でも個々の鍵盤により数値が違います。白鍵と黒鍵でも違いますし、高音と低音でも違いがあります。特に鍵盤の長さが低音から高音にかけて短くなっているような機種(大きめのピアノ)では低音と高音でかなり異なります。

いくつか例を上げてみますと、あるホールにあるスタインウェイのコンサートモデルでは白鍵最低音が72000gcm2 、真ん中のC音が50400gcm2 、最高音部の黒鍵A#音は25600gcmでした。実に大きな違いがあるのがわかります。黒鍵は短いので理論からもわかるように慣性モーメントの値は白鍵に比べてかなり小さくなります。低音は鉛も多く鍵盤も長いので慣性モーメントは大きく、高音は鉛が少なく鍵盤も短いので慣性モーメントは小さめです。

他のモデルを見てみますと、普通のグランドピアノの一つであるヤマハのC3の真ん中のC音では31000gcmで、上記コンサートグランドよりかなり小さくなっています。極端な例として、カワイのアップライトK3での同じC音を上げてみますと、なんと6000gcmしかありませんでした。数値だけみてもちょっと軽すぎて心地よい抵抗感を持つタッチにはならないのでは?という気がしてしまいますね。反対に先ほど上げたスタインウェイのコンサートピアノは,、数値から見るとかなり重いように見受けられるので、普通の人にとっては抵抗感がありすぎてコントロールするのは難しいのではないかという疑問も湧いてくるでしょう。

慣性モーメントの数値が大きいと角加速度を与えるのにより大きなトルクを与えないといけないので、それが大きいグランドピアノのタッチは一般に重いという人が多いのが理解できます。たとえバランスウエイトが普通であっても弾いてみるとそのように感じるわけです。

アップライトの鍵盤の慣性モーメントは小さいので、小さなトルクで弾けて良いわけですが、ちょっと大き目のトルクを与えても、「ため」がないので鍵盤がすかっと動いてしまい、弾き心地という点で見ると軽すぎると感じる人が多いのではないでしょうか。

タッチの重さを決める2番目の要素である、慣性モーメントについて感覚的にそしてその計算方法を理解していただけたでしょうか?人によって心地良く感じるタッチの重さは違いますが、ある程度その範囲は絞れてくるでしょう。その範囲にその弾き手に合わせて意識して調整していければしめたものです。これまで上げてきたやり方でバランスウエイトは数値化でき、慣性モーメントも数値化できるわけですから、それらをどのくらいの量調整すればその弾き手が満足するか、それを実際に数値として加減できるこの技術はタッチのコントロールに非常に威力を発揮します。

次のスライドでは具体的な鍵盤の慣性モーメントの計測方法を説明します。それ後はこれらの数値をどのように調整していくのか、という領域に入っていきます。

2013年11月24日日曜日

タッチを変える Page 15: ウイペンアッセンブリーの慣性モーメント


ウイペンの慣性モーメントを求めます。ウイペンはハンマーほど単純な構造ではないので、分解・切断して部分ごとに値を求め合計します。後ほど分かってきますがウイペンはアクションの3つの部品の中で一番タッチの重さにかかわりが少ないので、あまり重要ではありません。

また、ハンマーや鍵盤と違い一台のピアノの中で個々の重さの違いがほとんどないので、サンプルの数値さえ持っていれば、同じメーカーの同じ仕様のアクションならば、どの音域でもそのまま数値としても使って良いと思います。いろいろな種類のデータを得るには、多種類のスペアのウイペンを分解・測定するのが必要になるでしょう。

さて、写真は工房にあったスタインウェイの古い部品です。センターピンを外して分解できるものは分解して、ウイペンレバーとレペティションレバーはそれぞれ4つと2つに切断しました。フレンジはシャンクと同じく動かない部品なので、慣性モーメントには関係ありませんから取り除いてあります。合計8つの部分に分けました。

それぞれの部品の重心をチェックして印をつけます。個々の質量を測定し、回転軸(ウイペンセンターピン)から重心までの距離を測定した上で、例の通り計算して行きます。すなわち、個々の部分について質量×距離の二乗の数値を求めた後、合計します。このウイペンの値は756gcm2 でした。

もう一つの例として、WNG社製のウイペンが手元にあったので同じように測定しました。このウイペンは705gcm2 で、スタインウェイのものより約7%小さい値でした。

先日のシドニーのコンベンションにはこれを設計したブルース・クラーク氏が講師の一人として来ていて、私もその講義を聴く機会がありました。その講義の中でこのウイペンが慣性モーメントの影響を最小限にするためにできるだけ質量を減らし、しかもなるべく回転軸に近くなるように工夫したと述べていました。全体にかなり大胆な肉抜きが施されているのがわかりますし、特にレペティションレバーの支点になる部分の形状にはそれが良く現れています。

Wessell, Nickel & Gross 社製コンポジットウイペン 

*この商品に興味のある方はWNGのウェブサイトhttp://www.wessellnickelandgross.com/をご覧ください。

2013年11月23日土曜日

タッチを変える Page 14: ハンマーアッセンブリーの慣性モーメント


さっそくハンマーアッセンブリーの慣性モーメントの求め方を見ていきましょう。まず、左上の写真を見てください。ハンマーアッセンブリーが4つに切断されています。なお、フレンジはレールに固定されていますので回転部分の一部とはなりません。回転部分でなければ慣性モーメントの計算には入りません。

シャンクがフレンジセンターから4cmごとに切断されています。理論から見るとだいぶ大まかですが、まずはやってみましょう。個々の部分をはかりで量って、それぞれの重心までの距離の二乗と掛け合わせて全部足せば、慣性モーメントが計算できます。どの部分も便宜上重心は形状に関係なく中央としました。

図のようにそれぞれの部分の質量をH1、2、3、とすると、重心への距離はそれぞれについて、13.2cm、10cm、6cm、2cmですので、上図にあるとおり、次のような式で表されます。

MoI (H) = H1 (13.2)H2 (10)H3 (6)2H4 (2)2

実際に数値を当てはめてこれを計算してみますと、1616gcm2になります。

しかし、実際に作業するハンマーでいちいちシャンクを切って測定することはできません。そこで、簡便な方法で求めるやり方を提案します。それが右の写真のやり方です。実際の作業ではこのやり方で求めます。

このやり方では、ハンマーストライクウエイトとフレンジセンターからハンマーウッドの中心線までの距離を使って求めます。上図にある通り

MoI (H) = HSW x (シャンクフレンジセンターとハンマーウッド中心線間の距離)2

このやり方のメリットは、シャンクを切らなくて良いというのはもちろんですが、ハンマーストライクウエイトはスタンウッドの計測ですでに測ってあり、ハンマーウッドまでの距離は定規で簡単に測れるため、非常に簡単な作業で済むというところです。ハンマーアッセンブリーの質量はかなりの部分がハンマーヘッドにあるわけですから、このやり方で求めた値もそれなりに信頼性の高いものです。少なくとも私たちの仕事には十分であると言えます。
ちなみにこちらで計算した先ほどと同じハンマーの慣性モーメントは1760gcm2になりました。

ちなみに単位は通常物理学で使われるKgmではなく、gcmを使います。われわれのやっているのは理論的な計算ではなく、ピアノに限定して使う実務的な計算です。扱う数値としてはこの単位で丁度わかりやすい数値に落ち着くので使っています。もっとも、この単位自体あまり見かけないものですし、そもそも作業上この単位の意味を深く考える必要はありませんので、あまり気にせずに読み飛ばしていただいて結構です。

もう一つ念のため書き添えておきますと、右の写真でハンマーウッドの中心線と緑の線がずれていますが、これはパワーポイントでの製作時に正確に線が乗らなかったためで、距離をあのようにずらして測る、という意味ではありません。距離の計測はセンターピンからハンマーウッドの中心線です。それから言わずもがなですが、ハンマーが斜めに接着されている音域では左右の距離を測って2で割り、ハンマー中心でのセンターピンからの距離を求めます。

次のスライドはウイペンの測定です。

2013年11月22日金曜日

タッチを変える Page 13: 慣性モーメントを算出する


理論的な慣性モーメントは、限りなく小さく分割した部分のそれぞれの質量とその部分の重心と回転中心の距離の二乗を掛け合わせて、全体に渡って足し合わせた数値です。上記の数式はそれを数学的に表していますが、参考のために上げているだけで、覚える必要はありません。

現実的には限りなく分けることも不可能ですし、それを合算することももちろん不可能です。ピアノ技術者が必要とする数値はそこまで厳密ではないので、私の分析では理論から見るとかなり大まかですが、あまり手数がかからない程度に分けて計算します。具体的なアクション部品の慣性モーメントの計算は次のスライドから見ていきます。ここでは、上図の物体の慣性モーメントを算出します。

天秤に使っている棒は重さがないとしています。天秤の両端のおもりは分割しないでそれぞれ一つの部分として考えてしまいましょう。そうすると、左のおもりは質量がM1で支点からの距離が l1なので、左のおもりの慣性モーメントは M1 l1となります。右側のおもりは同様に質量がM2で支点からの距離が l2なので、右のおもりの慣性モーメントは Ml2となります。

この物体は回転軸を中心に一体で動きますのでこの物体の合計の慣性モーメントMoIは、これら2つの部分を足せば良く、
MoI = M1 l1+ Ml2
で算出されます。

次のスライドでは実際のハンマーアッセンブリーの計測方法を説明します。







2013年11月21日木曜日

タッチを変える Page 12: 慣性モーメントはタッチの重さを決めるもう一つの指標である


いよいよなじみのない世界に入っていきましょう。慣性モーメントはタッチの重さを決めるもう一つの指標です。と言った所で、そもそも慣性モーメントとはなんだ、という質問が出ると思います。

そこで、それを説明するために少々物理っぽい話をしなければなりません。

まず、上図にあるような物体を考えます。支点が真ん中付近にあって、棒が渡されています。棒の重さはこの場合考えません。棒の両端におもりがそれぞれついていて、質量をM1M2、支点からの距離を l1 l2 とします。左側のおもりを指で押すことによってこの物体は回転運動を始めます。これを物理的に書くと、指でこの物体にトルクを与えると、角加速度が与えられて回転運動が始まる、ということになります。トルクと角加速度の関係は分かっていて、

T=Iα(トルク=慣性モーメント×角加速度)

という式で表されます。トルクと角加速度は比例関係にあり、大きなトルクをかければ角加速度は大きく、小さなトルクをかければ角加速度は小さくなります。慣性モーメントはその比例定数です。回転する物体の「回転しづらさ」を表しています。慣性モーメントが大きければ同じトルクをかけても得られる角加速度は小さくなってしまいます。逆に慣性モーメントを減らして同じトルクを与えれば得られる角加速度は増えるでしょう。

たとえば、上図の物体が倍の重さのおもりを持っていたとしますと、指で元と同じトルクを与えても動く時の角加速度がかなり小さくなってしまいます。つまり、指にはこの物体が動きづらい、すなわち重い、というように感じられることでしょう。

これはよく直線運動の運動方程式と対比されます。そちらはこんな式でした。

F=ma(力=質量×加速度)

見た感じがかなり似ているのがわかります。直線運動で「動かしづらさ」を表すのは質量です。重ければ動かすのに力がもっといるし、軽ければ楽に動かせます。

回転運動ではこれが慣性モーメントに対応しています。回転運動のため値の計算は質量に加えて
回転軸からの距離もからんできます。名前が一般的ではないのと捉えづらい概念なので分かりにくいものとなっています。 

現実のピアノで考えてみましょう。たとえばスタインウェイの小型のピアノは基準としてダウンウエイト47gで調整されています。つまり、低音でも高音でも47gのおもりを静かに載せると鍵盤がゆっくりと下がっていきます。実際にやってみるとわかりやすいと思います。ダンパーペダルを踏んで低音と高音で弾き比べてみます。ゆっくりと音が鳴らないくらいのスピードで鍵盤を押しましょう。どちらが重く感じましたか?

この場合、もしかしたら同じかそんなに違わないな、と感じるかもしれません。その通り、ゆっくり押し下げる場合はダウンウエイトの測定と同じ状況ですから指で感じる重さはまさにダウンウエイトの47g、低音も高音も同じはずです。

では次に強めにスタッカートで弾いてみましょう。そして、トレモロ(連打)も試してみます。先ほどと同じように低音も高音も同じじゃないかな?と感じたでしょうか。あるいは、低音の方がスタッカートだと抵抗感が大きく、トレモロもやりづらい、と感じたでしょうか?

この辺の感覚の問題は定量化できないので正解は、というわけにいきません。しかしながら、物理の考えから見ますと、ハンマーも重く、鍵盤の鉛も多い低音の方が動きづらいのです。動きづらいというのは、鍵盤を弾く指から見ると動かすのにより大きいエネルギーを必要とするので、「重い」というように表現になるでしょう。低音の方が慣性モーメントが大きいのです。

慣性モーメントはピアノ技術者の世界では計測不可能だとか、計量するには特別な装置が必要だと、言われてきていました。私もしばらく前まではそうなのか、くらいしか考えていなかったのですが、あるとき高校時代に習った「慣性モーメントはある物体の小さな各部分の質量を回転軸からの距離の二乗とかけた数値の総計である」といったような説明の断片的なイメージが上がってきて、あれ、それだったら別に計測不可能でも何でもないのではないか?と思い当たったのです。

単純にアクション部品をある程度の小さい部分に分割してみたらどうだろう、質量は求められるし、距離も計測できる。ちょっとやってみようか、ということでやってみたところ、けっこう上手くできることがわかり、表計算ソフトも利用していろいろ試しているうちにスタンウッドの公式ともつながってきて、今の形が出来上がりました。思ったよりも広い世界に出ることができました。その成果がこの講義、特に後半部分の内容になっています。

次のスライドでは慣性モーメントがどのように計算できるのかを説明します。

2013年11月20日水曜日

タッチを変える Page 11: バランスウエイトはタッチの重さを示す指標の一つ


講義ではここで2つの自作の鍵盤モデルを希望者に弾いてもらい感想を聞きました。1つ目(モデルA)はバランスウエイトが40gでフリクション10g、もう1つ(モデルB)はバランスウエイトが50gでフリクションがやはり10gに調整したものです。

ダウンウエイトを考えてみますと、モデルAは50g、モデルBが60gとなります。ダウンウエイトを測定するときのように、ゆっくり鍵盤を弾き下ろしたときに感じる重さはそれぞれ50gと60gに感じますので、もっと力を入れないと降りていかないモデルBのほうが重く感じられます。

つまりバランスウエイトの重い軽いがタッチの重い軽いに直結しています。ですからバランスウエイトの数値をタッチウエイトの指標として使うのは合理的なわけです。

人によってはアップウエイトを基準にタッチウエイトを考えます。アップウエイトの重さがある数値で揃っている方が、ダウンウエイトやバランスウエイトよりも弾いている人には重要である、との観点からです。アップウエイトを例えば25gに設定した上でダウンウエイトをチェックして基準に収まらないものはフリクションが大きすぎると判断し、調整していきます。最終的にはアップウエイトが揃っていて、ダウンウエイトも大体の線には入っている、というやり方です。

逆に私の知る2つの有名なメーカーの生産現場ではダウンウエイトを測定して鍵盤鉛調整をしています。フリクションの管理ができているならば、ダウンウエイトを基準にタッチウエイトを調整してもバランスウエイトやアップウエイトはそれなりに揃っているはずです。

私が使っている、バランスウエイトを基準にしてタッチウエイトを揃える、という鉛調整のやり方は以前の記事で書きましたので、詳しくはそちらを見て頂くのが一番だと思います。このやり方のメリットは、フリクションのばらつきがあってもまずは鉛調整が可能で、その後に必要なフリクション調整をしてもバランスウエイトは変わらないと言う点です。きちっとフリクション調整をすればアップウエイトもダウンウエイトも揃ってきます。

たとえば2つの音があって、両方バランスウエイトが40gで調整されているとします。1つは10gのフリクション、もう一つは何かの都合でフリクションが20gだったと考えてみましょう。一つ目はダウンウエイトが50g、アップウエイトが30g、二つ目はダウンウエイトが60g、アップウエイトが20gです。これを弾いて比べたらどうでしょう。2つ目のほうが重く感じると思われます。なぜなら、静かに押したときに二つ目の方が力が必要だからです。そして、鍵盤の戻りも悪いので動きが悪いという感覚になります。

この場合は同じバランスウエイトであっても二つ目の方が重く感じられます。ということはバランスウエイトを基準とすることはタッチの重さの指標に使えないのでしょうか?

大丈夫、問題なく使えますし、アップ基準やダウン基準よりも安定しています。なぜなら、ダウンウエイトとアップウエイトを測定してフリクションとバランスウエイトを求めれば、両方バランスウエイトは同じで、二つ目はフリクションが大きいために重く感じられるというのがわかるからです。それを調整すれば、これらの二つの音はダウンウエイトもアップウエイトも揃い、同じ感触を持つタッチウエイトに持っていけるのがわかります。

アップ基準やダウン基準で鉛調整をした後、フリクション調整をしますとさらにそのずれを修正するための鉛調整を行わなければならなくなります。なぜなら「Page6:バランスウエイトとフリクション」で見たようにフリクションの数値が変わるとバランスウエイトを中心にしてアップウエイトとダウンウエイトが変わってしまうからです。バランスウエイト基準でやっていればフリクションが変わっても基準は変わりませんが、アップやダウンで基準を設定していると、その基準値が変わってしまいますので、もう一度鉛調整の微調整をやらねばならなくなるわけです。

結果としてどのやり方もちゃんとやれば同じ結果になるわけですが、私は、バランス基準でやるのがもっとも効果的で無駄が少ないと思います。

さて、スタンウッドの公式を利用した、静的なバランスから見たアクションの重さの分析はひとまずここまでです。次回からは慣性モーメントのアクション内での役割とその調整方法を見ていきたいと思います。

2013年11月19日火曜日

タッチを変える Page 10: スタンウッドの公式の計算表


スタンウッドの公式の表計算ファイルは3種類のデータで作られています。

  1. 1つは測定したデータを入力する項目:DW,FW,KR,WW、HSW。スライド内では青色で表示してあります。
  2. 次は自動計算されて表示される項目:BW,F,WBW,R。スライド内では赤色で表示してあります。
  3. もうひとつは参考のためにスタンウッドのマニュアルから調べて入力する項目:FWシーリング値とHSW指標。スライド内では表の右端、茶色で表示してあります。
スライド内の例ではDW51g・UW29gを入力することによってBW40gとF11gが得、KR0.53とWW17.1gを入力することによってWBW9.06gが得、それらとHSW10.9gとFW28.9gを入力することによってR5.49を得ています。

この例からまず読み取れることは、バランスウエイトは標準の中でやや重め側の値、フリクションは良好、アクションストライクレシオは普通、ハンマーストライクウエイトはやや重め、といったことです。ですからタッチウエイトとしては問題ない範囲にあると判断することができます。

たとえばこの時点でバランスウエイトが50gある、というアクションは相当重いアクションと言ってよく、逆に30gだったら軽すぎると言って良いと思います。また、フリクションがこの時点で15g以上あるのであればフレンジや鍵盤ブッシングのスティックがありそうですし、10g以下ならゆるすぎる部分があるのがわかります。それに加えてHSWの値からハンマーの重さが重めなのか軽めなのかや、FWの値から鍵盤鉛の量と動きの鈍さや軽快さを推測することができます。

このピアノはあるホールに入っているコンサートピアノで、もう少し軽く、もう少し軽快に弾けると良いのだが、と注文が出ていて何とかしようと分析しました。現状ではすでにスタインウェイの基準をほぼ満たしているのですが、ここからもう少しなんとかしなければなりません。バランスウエイトを減らす方向で静的なバランスを軽くして、後で詳しく述べる慣性モーメントを減らして動的な抵抗も軽減する、という方向性が見えてきます。フリクションは問題ないので、フレンジの硬さや鍵盤はそのままでも大丈夫だということもわかります。

というように、スタンウッドの公式を作ってみることによって、すでにアクションの性格が分かり、そして、改善するための方向性も同時に見ることができます。

参考のために表示してあるFWシーリング値は、スタンウッドによるその鍵盤のフロントウエイトの限界値で、例に使われている真ん中のC音では30.0gです。この音で30gを超えていると鍵盤に鉛が入りすぎていて動きが鈍くなっているおそれがあると判断できます。この例では28.9gのフロントウエイトですので限界値は超えていないものの、もう少し小さいほうが軽快なタッチとなって良いのでは、と考えることができます。
このデータから、フロントウエイトを減らしながら鉛の位置を変えて慣性モーメントを軽減することで軽快なタッチ感を得られそうであるということが読み取れるわけです。

もう一つはHSW指標で、これもスタンウッドによって考案されたのものです。ハンマーストライクウエイトを各音ごとに重さによって分類し、指標1から指標13まで分類してあります。指標13が一番重いハンマー、指標1は一番軽いハンマーです。例に上げたC4音では、10.9gのHSWでしたが、スタンウッドの表からその音の10.9gを探して見ると指標10に当たることが読み取れます。比較的重めのハンマーと言えましょう。ハンマーの重さを軽くしますとバランスウエイトと慣性モーメントを共に減らすことができるので、少なめを意識しながらもハンマーウッドを削ることが必要であると想定することができます。0.数グラム削って指標9くらいに持って行きたいところです。

スタンウッドによるこれらの資料は計測キットに添付されていますが、彼のウェブサイトからダウンロードすることもできます。

  • HSWについてはhttp://www.stanwoodpiano.com/touchweight.htmの中でhammer weight/strike weight standardsをクリックしてください。
  • FWシーリング値はhttp://www.stanwoodpiano.com/first.htmの一番上の部分にあるThe New Touch Weight Metrologyをクリックするとその記事がダウンロードでき、記事の中にHSWやFWシーリングの表が含まれています。(英語の論文ですがそれらしきものがあるのでわかると思います:鍵盤番号とそれに対応する重さの値が並んでいます)

2013年11月18日月曜日

タッチを変える Part 9: ハンマーストライクウエイトとハンマーストライクレシオ


スタンウッドの公式の最後のパーツはハンマーです。

ハンマーストライクウエイトもウイペンウエイトと同じように、全体の重さではなく右上の写真のようにアクションの中で実際にかかる重さを測定します。フレンジはアクションの中では固定されているので、測定に影響がないよう上に向けて垂直に立てて支持台に載せます。シャンクが水平になるよう支持台を調整して、デジタル秤で数値を読みます。普通6gから13g程度の範囲の数値になるはずです。

アクションストライクレシオは測定ではなく計算によって求めます。
基本の公式 BW+FW=(KR×WW)+(HSW×R) を変形してR=の形に持って行きます。すると、
R={(BW+FW)-(KR×WW)}÷HSW
になることがお分かりでしょう。

BW,FW,KR,WW,そしてHSWはすべてこれまで説明してきたように測定できていますので、この式に当てはめれば計算によってRを求めることができるます。手で計算することはもちろん可能ですが、この後これを利用してタッチを改善する可能性をシュミレーションしていきますので、表計算ソフトを使わないと大変です。

このスライドショーの紹介が全部終わった段階(全30数枚)でこの計算式も含めた表計算ファイル一式を無料で希望者に配布します。希望される方はyuji@jenkinpiano.co.nzまでその旨書いてご請求ください。すでに英語版のスライドショーの時に請求いただいている方にはメッセージを頂かなくともお送りします。

具体的なこの表計算ファイルの使い方については、次のスライドでもう少し解説いたします。

2013年11月17日日曜日

タッチを変える Page 8: ウイペンウエイトと鍵盤比

ここからスタンウッドの公式の右側に移ります。

後ろ側に載っている一つ目の部品はウイペンです。ウイペンウエイトはウイペンそのものの重さではなく、アクションに載っている状態を再現して右上の写真のように測定します。実際にキャプスタンが受け取る重さです。

鍵盤比は鍵盤前側を1としたときのバランスピンとキャプスタンスクリューの距離です。ただし、長さを測るのではなく、重さによってそれを測定します。右下の写真がその様子です。フロントウエイトと同じにセッティングした後、デジタル秤をリセットして表示を0にします。次にキャプスタンスクリューのところに10gのおもりを置いた時のデジタル秤の表示を読みます。この場合普通ー5.5gくらいで出るのですが、これを一桁下げてそしてマイナスを取った数字が鍵盤比です。この例ですと0.55になります。つまりウイペンウエイトが0.55の所に載っているということになります。あるいは、ウイペンウエイト1gが鍵盤手前では0.55gとして働いているということにもなります。

鍵盤の後ろが重い場合は、手前に適当なおもりを載せてから秤をリセットすればOKです。後は同じように測定します。

ウイペンバランスウエイトはこれら2つの値を掛け合わせたものです。

ウイペンはスプリングの太さ以外一台のピアノでは同じなので、実際の作業では一つだけ量れば良く、必要な鍵盤分全部量る必要はありません。

2013年11月16日土曜日

タッチを変える Page 7: フロントウエイト


スタンウッドの公式に現れる2番目の項目はフロントウエイトです。これは鍵盤をその支点(バランスホール中心)で天秤状態に置いたときに鍵盤手前の計量点(鍵盤前端から13mm内側)で測定した重さです。測定にはデジタル秤を使います。

スライドでは、自作のジグを使っていますが、スタンウッドはピアノテック(日本の代理店は渡辺商店)を通じて測定用のキットを販売しています。キットには解説書も付いています。

スライドの右下の写真は支点台に鍵盤を載せたときの様子です。真上から実際に覗き込むと中心線とその両側に白い面が見えます。中心線がバランスホールの中心に来るようにセットします。
スタンウッドのジグではバランスピンを利用して中心を決めていますが、個人的にはピンがあるとその摩擦で数値が変わってしまうので、バランスピンは利用していません。

高音側の鍵盤では手前の方が軽く、上記のやり方だと後ろに倒れて測定できないことがあります。その場合は10g程度の重さのわかっているおもりを使うことによって測定します。まず、鍵盤の載っていない状態で補助おもりとジグをデジタル秤に載せてリセットし(表示がゼロ)、続いて鍵盤を載せてその鍵盤の計量点の真上に補助おもりを載せます。すると鍵盤は補助おもりのおかげで手前が下がったままになり、測定することができます。この場合測定値が8gなどと表示されるので、フロントウエイトは測定値から補助おもりの値、この場合は8-10で、すなわち-2gとなります。

フロントウエイトは後で紹介する慣性モーメント計算表とスタンウッドの公式を結びつける大事な数値です。

2013年11月15日金曜日

タッチを変える Page 6: バランスウエイトとフリクション


順番にスタンウッドの公式の中身を見ていきます。まずはバランスウエイトです。

鍵盤手前に40g位のおもりを載せるとハンマーや鍵盤が動かず釣り合います。この時の重さ40gは正確にはバランスウエイトとは呼びません。なぜなら38gでも42gでもおそらく釣り合っているからです。では、どの数字をバランスウエイトと呼ぶのでしょう。それは、ダウンウエイトとアップウエイトを測定して計算しなければなりません。

40gでもし釣り合っているとして、そこから順々におもりを増やしていきます。41g、42g・・・、するとあるおもりを載せたときに、ひとりでに鍵盤が下がりハンマーが上がっていきます。これを50gだったとしましょう。この50gをダウンウエイトと呼びます。おもりを載せと時にひとりでに鍵盤が降りていくときの重さです。スタンウッドはアクションレールを軽く叩いたときに静かに動き出すときの数値を測定するように言っています。動き出すときの摩擦抵抗は動いている時の摩擦抵抗より少ないからです。

さて、次に40gから39g、38g・・・とおもりを減らしていきます。この場合はおもりを載せた鍵盤を押し下げてジャックが脱進する直前で手を離します。先ほどと同じようにある重さまで減ったところでひとりでに鍵盤が上がり始め、ハンマーが下がり始めます。この時のおもりが30gだったとしますと、アップウエイトが30gである、と呼びます。スタンウッドはアップウエイト計測ののときはアクションレールは叩かないよう言っています。

ダウンウエイトの50gとアップウエイトの30gの間はどのおもりを置いてもアクションは自動的には動かず、釣り合った状態となっています。バランスウエイトはこれらの中間値を取ったものです。つまり、この場合は(50+30)÷2=40gで、バランスウエイトが40gである、と言います。(DW+UW)÷2=BW

バランスウエイトはタッチの重さを決める要素の重要な2つの値の内の一つです。バランスウエイトが大きいと重く感じ、少ないと軽く感じます。この値を測定し、調整することでタッチの重さを意識的に変えることができるわけです。どのように変えるのかやどのくらいの値が目安なのか、などについては後の方で別途説明いたします。

ダウンウエイトとアップウエイトの差を2で割ったもの、例の場合ですと(50-30)÷2=10g、この10gがフリクションです。バランスウエイトから上下10gずつフリクションがあるので、アクションが動き出しません。10gを超えたときに動き出します。この10gはフレンジのセンターピンとブッシングクロスの摩擦抵抗や鍵盤ブッシングとキーピンの摩擦抵抗などが含まれます。普通快適に弾くためには10gから15gのフリクションが必要とされています。10gより少ないとスカスカなタッチになっていしまい、15gより大きいと抵抗感がありすぎたり、スティック状態になってしまいます。(DW-UW)÷2=F、あるいはDW-BW=FまたはBW-UW=Fとも書くことができます。

冒頭でタッチを調整する要素の一つとしてフリクションを上げましたが、このようにDWとUWの計測をすることによってその値が求められますので、この数値が大きすぎたり小さすぎたりするときはフリクションの調整を作業に含めなければならないというのがわかります。どの部分を作業すればよいかは追々わかってきます。

なお、スタンウッド方式では88鍵それぞれに適切なフリクション領域が設定されています。低音はやや大きめで、高音に行くに従って小さい値となっていきます。普通の技術者で、普通の仕事をするならばそこまで精密に調整する必要はないと思います。しかし、タッチ感にうるさい専門家の仕事をするときはそのくらいの精度を追求しないと納得してもらえない場合があるかもしれません。フレンジ用のトルクゲージを使って測定したり、鍵盤のフリクションを調べるやり方もありますが、ここではそこまで深入り致しません。

2013年11月14日木曜日

タッチを変える Page 5: スタンウッドの公式


上の図はスタンウッドのウェッブサイトに公開されているものです。グランドピアノのアクションを3つのてこが連結されたものととらえて、それらのてこを1つのてことしてシンプルに分かりやすく模式化してくれました。

画面一番上に提示した式がスタンウッドの公式で、これからどのように利用できるのか解説していきます。この式を見ただけで「うっ、もうたくさん」と感じる方もいるかもしれませんが、ここを通り抜けないと話が進みませんので申し訳ありません、お付き合いください。

公式は=マークで左右がつながっています。左側と右側は等しい(釣り合っている)というのです。そして、=の左側はアクション全体の支点であるバランスピンから見て手前側(下の一本てこモデルでは左側)にかかる重さが載っています。=の右側は同じようにバランスピンの奥側(図では右側)にかかる重さが載っています。

てこの左側にはバランスウエイトとフロントウエイトが載っています。式にもBWとFWとして左側に置いてあります。この2つがバランスピンより手前に載っている重さです。フロントウエイトは鍵盤単体でバランスさせたときに前側にかかる重さで、量り方は後述しますが。高音側の鍵盤では前側が軽く、後ろ側に重さがかかることがあります。
バランスウエイトは、普通の状態ではかかっていない重さです。実際にやってみるとわかるのですが、鍵盤手前にある程度のおもり(30から40グラム)を載せたときに、ハンマーも鍵盤もどの位置でも止まったまま動かない状態になります。その重さを言います。上の図では黄色いおもりが鍵盤手前に載っています。

てこの右側にはウイペンとハンマーが載っています。式ではウイペンの分として鍵盤レシオとウイペンウエイト、ハンマーの分としてハンマーストライクウエイトとアクションストライクレシオに分けて書かれています。鍵盤のフロント側の長さを1とするとウイペンが載っている位置は通常0.5の辺りです。これを鍵盤比と呼び、この図では0.5としています。そこにウイペンの重さがかかっています。そして、ハンマーは鍵盤比とウイペン比そしてシャンクそれぞれの出力/入力比が合成されたアクションストライクレシオのところにハンマーの重さがかかっています。この図ではストライクレシオが5.0としています。

図の例では、てこの右側にウイペンの分として10g(ウイペンウエイト20g×鍵盤比0.5)とハンマーの分として50g(ハンマーストライクウエイト10g×ストライクレシオ5.0)がかかっているので合計60gの重さがかかっています。

てこの左側にはフロントウエイトの20gがかかっていますので、40gのおもりを載せるとこのてこが釣り合ってくれるわけです。この40gのおもりがバランスウエイトです。

このように目の前にあるアクションを測定してスタンウッドの公式で見てみるとアクションの性格が具体的にわかってきます。たとえばこのピアノはてこが長いけれども軽いハンマーを使っているので、わりかしバランスの良いタッチに仕上がっているなとか、こちらのピアノはてこが長い割りに重いハンマーを使っているので、フロントウエイトを重くしてバランスを取ろうとしているけれども、ちょっと重過ぎて、動きがわるくなっているのではないか、のような感じです。

使い方を理解して経験を積んでいくと、この段階でどのような作業をしていけばタッチを改良できるか見えてきます。